08.01.17 大 連
ロシア街
ロシア街。シーズンオフなので閑散としていました。ここでカメラの電池が切れてしまった。

   昨夜9;52発夜行列車で北京を離れ、今朝8時過ぎに大連に着きました。所要時間は約10時間ですね。軟臥でした。4人のコンパートメントに2人だけ。私と若い女性。困っちゃったな、オレ。上舗に移ろうかな・・と思った。けれども途中駅で乗ってくる客があるかもしれない。夜中に「番号が違う」と起こされるのも嫌だからそれは止めた。わざとドアを開けておいたんですが、その女性は「もう(客は)乗って来ないんだから閉めろ」と言う。ハー。相手は気にしていないんだ。それで気が楽になりました。私の感覚はチト古い?

 駅正面に出てタクシーに。ぐるっと大回りして着いたところが駅の裏口対面。日本ならホテルの名前聞いた途端、「そこなら歩いて行けるよ」と教えてくれると思う。やはり中国ですね。

 ホテルは最初大連賓館(旧大和ホテル)にするつもりでした。そんべんさんのオフィスから電話して頂きましたが、土壇場で「インターネットできるか」と聞いて貰ったら「できない」という返事。それでここ(唐銀酒店)に予約して頂いた次第。到着早々メールを見ようとネットに繋ぎましたが、接続はするけれども自分のサイトまで辿り着けない。タイムアウトになってしまう。よほど回線が混んでいるのでしょうか。やっと今、夜になって動くようになりました。やっぱり中国だな。暫く忘れていた感覚です。

 ネットは諦めて、タクシーで中山広場に向かいます。渋滞。広場の遙か手前で運転手が「あそこが広場だ。ここで降りてくれ」と言う。時間ばかり掛かって悪いと思ったんだろうか? そうだとすれば良心的だったのかもしれない。中国どこも彼処もこれから自動車は問題ですね。渋滞と環境汚染。

 広場の中心でぐるっと周りの歴史的建造物の写真を撮る。大連賓館(旧大和ホテル)もその一つです。コヒーが飲みたくなって大連賓館に入った。喫茶室で「豆からとるんだろうな」と念を押して頼んだコーヒーがまずいこと。スタバの味。中国では真っ当なコーヒーが飲めない。真鍋くらいでしょうか、まぁまぁなのは。でも最近上海南京東路でこの真鍋、(キャッチバー的)恐喝か何かで摘発されたそうですね。
旧横浜正金銀行
(写真左)旧横浜正金銀行。戦後は東京銀行と名前を変えた。長く国際金融専門銀行でした。
(写真右)旧朝鮮銀行。戦後の日本不動産銀行はここの系統です。
旧朝鮮銀行

旧裁判所
(写真左)確か昔(日本統治時代)の裁判所だっと思います。
(写真右)確か旧市庁舎。
旧市庁舎
旧大和ホテル
(写真左)旧大和ホテル。三星ですがネット接続ができない。躯体は頑丈に造ってあるのでしょうが、内装がかなりひどい状態。いつまで保つか?という感じでした。
旧満鉄本社左袖
(写真左)旧満鉄本社左ウイング。右にも同型のビルがある。
(写真右)中央部。大き過ぎて本社全体がカメラに納まらない。他の建物に比べて荒れた感じがする。大切にされていない印象でした。
旧満鉄本社中央
 それはともかく、小姐が地図を見ながら片言日本語で見所を教えてくれます。旧満鉄本社を指して「これは何と読むか」。ノートを持ってきたからひらがなで書いてやります。日本語を少し勉強したらしい。ついでに満州鉄道は最初ロシアが建設し、日露戦争勝利で日本が権益譲渡を受けたと説明。満州も日露戦争も露西亜も分からない。もうかれこれ1世紀以上経っているから分からないのが自然なのかもしれない。

 大連賓館を出て、ブラブラと教えられた見所を見て回ります。冷たいこと。鼻が千切れそう。道行く人は皆厚手の防寒着を着て、中には目しか出していない人もいる。何もこんな寒いときに来なくても・・・と後悔しきり。適当なところで切り上げて、チンチン電車(1元)に乗って大連駅に戻ります。

 昼飯に日本料理屋に入りました。ここで食べた料理のセットが珍妙でしたが、その話はまたいずれゆっくりと。
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