05.05.23 Franz Josef
Rail way
鉄道橋と自動車橋を一つの橋で兼ねている。おそらく歩行者も自転車もここを渡る。

 グレイマウス朝の8時。戸外で17.6度、湿度75%。簡単な朝食後9:30に出発。フランツヨゼフ(氷河)に向かいます。道はほぼ海沿いですが、海は見えない。左は険しい山。暫く鉄道が平行します。

 フランツヨゼフってハプスブルグ家最後の皇帝じゃなかったか。何でNZの氷河にそんな名前がついているのか私は知らない。なお、この氷河はダグラスピークという支峰から流れ落ちています。

Mt.Cook 周辺の山
(左写真)。 このような道を走る。向こうに見える山はマウントクック支峰群。マウントクック主峰は下から直接見えないらしい。走るに連れ、次第にこれらの山容が変わる。見惚れてしまいます。すると運転がおろそかになって危ない。

 途中の小さな公園でトイレ休憩。家内が「いい紙だから」とトイレから紙を持ってきた。なるほどチリ紙に使うには勿体ないようなシッカリした紙でした。下写真はその公園の小屋の外壁です。「昔はこういう生活だった」ということなのでしょう。
昔は−1
昔は−2
昔は−3

 グレイマウス→フランツヨゼフ間は140km。途中、湖やら川原やらに寄り道しても13:30には到着。ここは町と言うより部落のようなところです。氷河観光だけで成り立っている土地なんでしょう。

フランツ・ヨゼフYHA
 1軒のモーテルとYHAと2軒見てYHAを選ぶ。清潔でしたから。
(左写真)。YHA。1泊スイート(バスルーム付き)で74$。
(右写真)。泊まった部屋。庭に面していて、日当たりが良かった。
泊まった部屋

氷河入り口
 再び車に乗って氷河を見に行きます。  「この先車両乗り入れ禁止」の場所から氷河の端までが遠いこと。駐車場から右写真のポイントまで15分くらい歩く。そして向こうの氷河の直下まで更に30分かかります。100年前はこの写真のポイント辺りまで氷河だった。この1世紀で如何に地球温暖化が進んだかが分かります。
氷河の端

 歩いて往復の途次、人とすれ違う。ハローと声を掛け合う。たまに知らん顔の人もいますが。中に若者6人のグループがいた。「どこから?」と聞いたら「ハンガリー」だと。「おう。マジャールか」と言ったら相手が驚きました。「ハンガリーのことを知っているのか?」。

 昔、日本人の祖先とマジャール人の祖先は中央アジアで互いに隣人だったんだ。言葉も似ているんだぞ。近いうちに行くからな・・と言って別れました。ラップランド、フィンランド、マジャール、トルコの言語はアルタイ語系。日本語はそのアルタイ語系に属してはいないが、「近い」ということに言語学の方ではなっています。

フランツ・ヨゼフの子供 (左写真)。下校途中の子供達。

 夜はまた自炊。このYHAには炊飯器があった。でも壊れていたから鍋を使った。後からその炊飯器を使おうとする中国系の女性がいたので「壊れているよ」と教えてあげた。どこから?と聞いたら、何と北京からだと。台湾、香港、シンガポール人ならともかく大陸系は珍しい。よく聞いたらこの女性、ハミルトンの大学(修士過程)に留学し今回めでたく卒業。北京・中関村で働いている旦那を呼び寄せて旅行中なのだと。

 旦那に言った。「最近中国では反日気運が強い。日本にはお国の政府が言うような軍国主義なんて全く無いんだけど」。彼の曰く「それは没関係。同じ会社に日本人もいるけれど、我々は互いにフレンドリーですよ」。そこで言った。「日本人は未来永劫中国と友好的でいたいと思っている。共産党の言うことなんか決して信用しないように」。彼は「みんな共産党を嫌っている。民主が好き。そのうち中国も変わりますよ」なんて楽観的なことを言う。そんなに単純な話じゃないと思いますけどね。

 女性の英語はうまいが旦那は私より下手。天津南開大学卒だそうですが。こちらの中国語は発音がダメ。そこで込み入った話は筆談。そしたらこの女性、目を丸くして「難しい漢字を知っていますね。どうして?」とのたまう。日本人は漢字を使っていることを知らないらしい。修士様でも日本についての知識はこんな程度。相互理解って口で言うほど簡単ではありません。

 この日の走行距離は176kmでした。
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