1. カナダ海軍
ダンとロン
左がダン。右がロン。逗子海岸の京樽で。

 今年(96年)の4月5日(金)。通勤帰りの横須賀線の車中で、ひょんなことから二人の若いカナダ人と知り合いになった。その日は夕方から、年に1回この時期恒例の学生時代の寮友が集まる花見の会があった。総勢20人足らず。それぞれ近況を報告し合い大いにダベっての帰り。時間はかなり遅く、多分10時頃だったろう。会場の市ヶ谷から中央線で東京へ出、横須賀線に乗り換えた。

 東京を出た電車が品川駅で止まり乗客が乗り込んで来たとき、「ワッ!」というような声がした。声と同時に、斜め前に立っていた二人連れの外人がサッとドアの方へ動いた。私はドアに背を向けていたので、何が起こったのか分からなかった。振り向くと一人の男が今しもその外人二人に腕を取られ、ホームと電車のすき間から助け出されるところ。ホーム側からは落っこちた男の連れらしいのが手を差しのべて、「大丈夫か?」と言っている。男は外人に抱えられて電車に乗り込み、私の前の壁に寄りかかってうずくまった。ドアはすぐ閉まり、電車は発車。男は脛を押さえて呻いている。相当痛いらしい。目の前で呻かれたんじゃあ知らぬ顔もできない。「どこが痛いんですか」と聞いてみる。「脛と膝が痛い。骨折したんじゃないか」と言う。「じゃあ、ちょっと足踏みして」と、立たせてみる。まぁ痛そうだが、なんとか足踏みできる。 「これなら骨折はしてないでしょう。たぷん打撲程度ですよ」と言うと、いくらか安心した様子。

 こちらは一段落。さて!・・・と横を見るとさっきの外人二人、何事もなかったように前を見て立っている。どちらもまだ若い白人。一人は頬まで髭を生やしているが、小柄でおとなしそうな男達。これは横須賀のアメリカ兵だなと思った瞬間、「Where are you going?」と口から飛び出した。酔っている勢い。何だか他人が言ったような感じ。相手は一瞬驚いたらしく、目をみはる。そして案の定、 「Yokosuka」という答え。

  「Are you an American?」。 「No, Canadian」。 「えっ!」と、今度はこっちがビックリ。 「なんでカナダ人が横須賀にいるの?」。「訓練で来た」。「そうか水兵か」。「いや、エンジニアだ」と胸を張る。水兵と言われたくないらしい。17日もかけて北太平洋を渡り昨日、横須賀に入港したという。「何でまた17日もかかるの?」。「アメリカ、日本の艦隊と隠れんぼしながら来たから」。つまり、戦争ごっこということだ。「ずっとロシアの潜水艦が尾けて来たよ」。「何で分かるの?」。 「艦尾から長いセンサーを出しているから全部感知できるんだ」。 「へえ一」。

  そのうちに髭を生やしていない方がポケットからメモを出し「Konbanwa」、「Watashi」、「Anata」などと言い出す。「それは何だい?」。衛星通信でサンディエゴのUS・NAVYのデータベースから引き出した日本語単語集だと。適当に相づちを打っていたら、今度は日本とカナダの国旗をクロスしたバッヂを取り出し、上げるという。やっと贈呈する相手が見つかって、嬉しくて仕方がないという顔をしている。折角だから有り難く頂戴。私の名前はダン、髭の方はロンと名乗る。聞いても明日忘れるかもしれない。それで手帳を取り出し、艦名と一緒に名前を書いてもらう。

 HMCS. WINNIPEG, 5000ton。DAN DUCHESNE,  RON ROSS。HMSはHer Majesty’s Ship。 CはCanadian。 ウイニペグは地名。要するにカナダ海軍フりゲート艦ウイ二ペグ号乗組員,ダン・デュシェーン(28)、ロン・ロス(32)。ダンは一見してフランス系。名前でやっぱりそれと分かる。

 「ところであんた方、いつ出港するの?」。 「月曜日の朝」。 「なになに、たった5日しか居ないの?」。 「そうです」。それは余りにもかわいそう。 「明日もし勤務がなければ家に来るかい?」。「喜んで」。 「じゃあ明日1時、逗子駅から電話しなさい」。メモに当方の電話番号を書いて渡す。

 かくして翌日、彼らが我が家に来訪。近辺をドライブして夜は家内の手料理。鰹のたたきを箸でちゃんと食べる。ロンはスコットランド系。ビールは底無し。しかし乱れない。無口で礼儀正しい。娘が2人いるとのこと。写真を出して見せる。奥さんのは持っていない。「なぜ?」と聞いたら、「ワイフについて説明するのは難しい」と言う。何か曰くがあるらしい。一度トイレに行き、シャツを濡らして笑いながら戻って来た。ウォシュレットを「何だろう?」と覗き込んで操作したら、頭から水をかぶったのだと。大笑いする。

 ダンは独身。小柄だが筋骨隆々で、おまけに男前。しかし、ガールフレンドはいないとのこと。女性にはシャイなようだった。夜11時。逗子駅まで送る。
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