08.06.11 湖南から安徽へ
屯渓老街
屯渓老街。良く整備されている。左の餐庁で食事しました。
 張家界を見た後、私がA氏に「残す所は黄山だけ。黄山は急坂だそうだから行くのは無理。お陰様でこれで中国の僕の見たい所は全部見終わった」と言ったところ、A氏は「いやそんなことはない。黄山にも楽に登れるコースがありますよ」と言う。「丁度帰り道でもあるし。行きましょう」。彼は本当は「けい{草冠+刑}州」へ行きたかった。でも私のために計画を変更してくれ、急遽黄山に向かうことになりました。

 7:30発。長沙に抜ける高速公路319号を走り、長沙の南株州北で瀘昆高速065号に乗る。そこからは上海から1日目に走った道を反対に上海に向けて走ります。

 高速道路は一般道に比べれば楽チンですが、その代わり面白味はない。運転している人には悪いけれど寝ているか音楽でも聴いているしか気の紛らわせようがない。しかしその音楽も、A氏が用意してきたCDやUSBの曲をもう何十回も聴いた。例えばこれは森山良子じゃないかな? 「この野原いっぱい咲く花を・・」という曲。いい曲だと思いますよ。「一つ残らずあなたにあげる」。でも耳にタコが出来た。「要らんワイ。そんなもん!」と言いたくなる。

 旅行に出る前のメールでの打ち合わせ。用意すべき物の一覧表に「CD・DVD」とあった。「これ何ですか?」。「車の中で聴くんです」。当方「ハァー?」。ピンとこなかった。走り回ってよく分かった。CDなら百枚くらい用意しておかないと、同じ曲を何十回も聴かなくてはならない羽目に陥る。曲が少ないと初めはよいが、次第に聴かされるのが苦痛になってきます。

 今までに何回か書きましたとおり、A氏は非常にしっかりした人です。旅行中殆ど会社から電話が掛かってこない。「会社から電話が無いのも淋しいもんですなぁ」と口では言うけれど、それはA氏の社員教育が良かったからそうなったわけで、実は心中満更でもないのでは?と思います。いつも社員が相談に来ると、「どうしたらええか自分で考えェ」と言っているそう。その結果がこれなんでしょう。

 躾も厳しい。材料は直に下に置かせない。必ず木台の上に置かせる。その材料を土足で踏むヤツがいたらそいつの上着を脱がさせ、A氏が土足で踏んだ上で着させて、「お前これ着て気持ちえェか?」と聞くんだそうです。皆が見ている前で。答えは勿論ノーです。そういう風に社員を教育している。けれども社員は100人もいますから、個々の社員の責任までは管理し切れない。だから何かあったときの罰金は班長から取るんだそうです。それで班長もビシッと締まる。聞いていて思う。この人は空理空論ではないナ。現実家だな・・・と。

 そういうシッカリした人ですが、この人の好みで選んだと思われる曲が私にはどうもピンと来ない。私に言わせると若者の好み。前記森山良子。シャンソンは岸洋子。岸も悪くはないが、やっぱりシャンソンはコーちゃんじゃないでしょうか。谷村新司。ウーン? 悪くはないけどなぁ。それに五輪真弓。陰気でいけない。その他、私が知らない若い歌手が多い。「こういうのが好きなんですか?」と聞いたら、「ボクが若い頃に流行った歌ですから」。そうか。A氏は私より10歳も若いからナ。しかし、歌の好みはどうでもいい。こういう人が働いている限り、日本も未だ捨てたものじゃないと思います。

 長い長い道のり。坦々と走ります。江西省を抜け浙江省に入る。常山で瀘昆高速を降り国道205号を北上する。道はいい。陽が落ちてきた。開化市まで来て、ここに泊まるしかないか。一旦は市内に入りますが、突然A氏が翻意。「黄山まで頑張って行こう」と言う。彼がボスですから誰も異議は唱えません。再び205号に戻り北上します。

 次第に道が悪くなる。細いし、舗装が悪い。凸凹。日も暮れた。浙江・安徽省境の峠に掛かると折り返しがきつくなる。ピッチが短いのです。そうなると周君では危ない。A氏が運転する。埃にまみれて19:30屯渓着。黄山の表玄関です。
餐庁内部
(左)餐庁内部。満席でした。料理のサンプル(右に見える)を見て選びます。

(右)良子足浴の店があった。これは中国各地に有り、チェーン店かと思うがそうではないらしい。「良子」を勝手に名乗っているようです。良子は中野良子からだと思います。
良子足浴
足浴看板−1
店の説明看板。(右)に「日本」という字が見えた。良子と日本の関係かと思ったが左に非ず。「日本の首相も寄ったよ」ということでした。
 
足浴看板−2
 屯渓のホテルは最低でも150元と高い。郊外のA氏行きつけのホテルに投宿。100元。
 本日の走行距離 985km。(累計  8164km)。東京→広島くらいでしょうか。きつかった。    
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