08.05.27 湖南省鳳凰
鼓楼と虹橋
鳳凰の入り口で。左が鼓楼。正面が虹橋。この辺り客引きが一杯。

 4/23  07:30出発。18度 78%。路面が濡れている。雨なのか霧なのかハッキリしない天気。再び高速に入り西に向かいます。2時間ほどで湖南省に入る。地形がカルスト台地状になってくると同時に、苗族の家が目立ち始める。

 苗族の家は漢族の家とはハッキリ違います。どこか日本の古い民家に感じが似ている。苗族は元は長江下流域に住んでいたのだとか。長い間に膨張する漢族に山間僻地へ追い込まれたのでしょう。この旅の行く先々、不便な所、痩せた土地に住んでいるのは大抵少数民族でした。

 かん化で高速を降り国道209号を鳳凰に向かいます。A氏は既に鳳凰に3回も行っているとか。しかし我々(私、S氏)が未だ行ったことがないと聞いて気を利かしてくれたのです。この209号。地図には「国道高級路面」と表示されているけれど狭い上に曲がりくねっていて危険。「高級」の意味はただ単に舗装されているというだけのことではないか。一度カーブで大型トラックと正面衝突しそうになった。相手が見通しが効かないのに追い越しを掛けたため。間一髪のところでこちらが反対車線に滑り込んで危うくセーフ。運転していたのはA氏。若いときレースに出たこともあるそうで、非常に運転が上手です。ボロ車は少なくなったけれど、この国の運転マナーの悪さは相変わらずです。

江天賓館
16;50鳳凰着。客引きがワッと寄って来る。その内の一人に引かれて江天賓館(左)に投宿。虹橋に近く、しかも新しい。ツイン一室80元。ここもネット接続はできない。少し日が射して19.5度、60%。本日の走行距離644Km(累計1549Km)。
 
虹橋
(左)虹橋。屋根付きの橋です。
(右)橋の内部。フィレンツェのヴェッキオ橋と基本的には同じ構造。あちらは石造、こちらは木造。
虹橋の内部
虹橋の袂から川上
(左)虹橋の袂から川上を見たところ。
(右)老街。
老街
鳳凰城壁の内側
(左)城壁の内側。外国人観光客も多い。
(右)横丁の古い民家。犬に吠えられた。
古い民家
叫花鶏
(左)叫花鶏と書いてある。土にくるんだ焼き鳥ですね。
(右)苗族の衣裳でしょうか。こういう民族衣裳を着ていなければ少数民族とは(私には)分かりません。なお、苗族の人口は894万人。居住範囲は広く海南島にも住んでいます。
民族衣装
手作り飴
(左)看板に生姜飴とある。手で引っ張ってこねる。こういうの見ちゃうと食べる気しませんね。
(右)布板(きぬいた)→砧(きぬた)。本来は麻、楮などで織った布を叩いて柔らかくする板のことですが・・・。洗濯でもそう言うのかな?
洗濯

 前からここには一度来たいと思っていました。念願叶って嬉しかったけれど来てみてびっくり。俗化が甚だしい。連休でもないのに観光客がワンサカ。若者が多い。みんなデジカメを持っている。夜はイルミネーションで建物の形が浮かび上がる。A氏が3年前に来たときはそんな仕掛けはなかったそうです。「ひどいなぁ」とA氏嘆かれることしきり。なお、A氏が今までに行った所で昔の雰囲気が未だ色濃く残っている土地は、四川省シャングリラ(稻城市)、江西省{務+女}源、浙江省西塘の三カ所だそうです。
虹橋側面
(左)虹橋の側面です。
(右)夕方になると虹橋の袂に屋台街ができます。そこで夕食。珍しく焼き餃子があって、これが一番おいしかった。
屋台街
 
 ここで一悶着。若い女の流し。瓢箪みたいな笛を吹く。A氏が吹かせた。あまり上手ではないんだけれど、それより何より、初め1曲5元と言っておきながら終わったら10元と言う。A氏怒った。そういうインチキは絶対許せない・・・と。私も同感。女がベソかく。A氏譲らない。そのうち同行上海人のM氏が向こうへ連れて行って何とか宥めたみたいでした。
 暫くして男二人の流しが来た。またA氏が呼んで歌えと言う。A氏は歌が好きなんだな。今度は1曲10元。初めは北国の春。なかなかのもの。次に昴をオーダーしたが知らないと言う。こちらがメロディーを口ずさむと伴奏はできる。そこでA氏が歌う。これもなかなか。普段カラオケで鍛えているのでは? 答えは「そこそこいけまっせ」。かなり月謝払っておられるようです。 
鳳凰の流し
  しかし、流しに金払って歌わせるのは損というかナンですね。周りの人は得。タダで聞けるから。
潜水橋
以下、翌朝撮ったもの。
(左)潜水橋です。増水しても流されない。
(右)街外れから川上を見る。一番奥に虹橋。
街外れから川上
貴州方向への門
この門を出て貴陽に向かいます。

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