24. カンニング-1
南大楼
東部南大楼。初年度の授業は殆どここでやっていました。トイレが建物の真ん中にあるという変った構造でした。

 いよいよ試験が近づくと、いつものグループが試験問題を探りに来る。「先生、範囲を教えて下さい」。それは授業のとき言ってあるよ。「ハイ。それは聞いています。でもその中で特にこの部分とか」。そんなこと教えられないよ。「じゃ、どういう形式の問題ですか」。そりゃいろいろあるさ。「先生。それじゃ分りません。もう少し具体的に」などと責め立てる。結局何も得るものがないとなると、「先生お願いです。私達にとって成績は生死の問題なんです」などと大袈裟なことを言う。君たちが出来ないような問題は出さないから心配しないでいいよ・・と安心させてお引き取りを願う。試験前の学生の心理ってどこでも同じですね。

 試験の日程が校舎の廊下に貼り出された。それを見ると、教師は自分の担当クラスだけではなく、他の教師のクラスへも監督に行くようになっている。つまり、1クラスの試験に教師が2人張り付くわけです。随分厳重だな・・・と感じました。丁度そのときL先生が通りかかった。私の横で一緒に表を見ていて、ご自分の名前の上に×が付いているのを見付け、「これは中国では<死ね>という意味なんですよ。私は嫌われているんです」と言う。かねがね学生から「あの先生は物凄く厳しいんです」と聞いてる。こりゃ相当なものなんだな・・・と思いました。

 試験のときに奇妙な習慣がありました。試験中に一人か時に二人、普段見たことのない人が現れ、スーッと教室内を一巡し、監督教師に一礼して去って行く。一度は副院長が付き添って来た。多分偉い人だったのでしょう。後でM先生に聞いてみましたら「大学本部とかの幹部らしいですよ。試験の時だけ顔を見せるんです。何故なのか私も理由を知りません」。この大学だけのことなのかそれとも他の大学でもやっていることなのか私、確かめる機会もなく現在に至っておりますが、どうも「有閑人の存在証明」のような感じがしました。

 閑話休題。そのL先生のクラスの監督に行ってビックリした。仰天したと言ってもいい。教壇の上に学生達の携行物を全部置かせる。山のようになります。そして、学生達を立たせ、机の中を一々見て歩く。それから試験用紙を配る。学生達が問題に着手出来るのは始業10分後くらいです。幾ら何でもこれはやり過ぎではないか。しかし、この後私がぶつかった問題を考えたとき、予めトラブルの根を断ち切っておくという意味で、なるほどこれも一つの有効な対策かも知れないと感じました。初めからハッキリ学生性悪説に立っているわけです。

 私の担当は3課目。商務日語の試験については特に問題はありませんでした。2班の作文の試験のときに困ったことが。「9.授業をしてみると-3」に書きましたCという子がカンニングをする。いつも授業中に机に突っ伏して寝ている顔色の冴えない子。前の席の子の答案を覗くのです。前もって打ち合わせ済と見えて、その前の子は問題用紙をCに見易いように置いている。それを必死で覗いて写している。私、気が付いてすぐ、傍へ行って小声で注意した。そのときは首を引っ込めるけれど、ちょっと目を離すとまたやる。前の子は危ないと知って、もう見せない。すると後ろから小突く。小突かれた方はまた渋々見易いようにする。

 私、よっぽど現行犯として捕まえようかと思いました。しかし、M先生に「カンニングは絶対に証拠を掴まないとダメですよ」と前もって言われている。捕まえても、その学生は必ず「証拠はありますか」と開き直るのだそうです。カンニングは即放校と学則に定められている。学院幹部はなるべく事を穏便に済ませたいから、証拠がないと結局無罪放免にされてしまう。すると摘発した教師が赤っ恥をかくことになる・・・というのです。

 ちょっと戻ります。M先生の話では、兎に角カンニングが多いとのこと。M先生は少しくらいのことなら大目に見るようにしていたそうです。しかしある時、堂々とノートを広げてカンニングしている学生がいた。幾ら何でもこれは見逃せない。ノートを取り上げた。その子は平然と「やっていない」と主張する。もう一人の監督教師は「上に届けて判断して貰えば」と言う。「それじゃそうしようか」となったら、途端にその学生が「見逃して下さい」と泣き出した。それでM先生も決意がぐらついた。反省するなら許すと言ったら、「私一人だけにどうして厳しいんですか」と反発する。「じゃ届けるわよ」。また泣き出す・・・の繰り返し。結局その場で反省文を書かせて決着付けるまで2時間掛かったとのこと。

 「女子学生だからって甘く見られませんよ。そりゃ強かなんですから」とおっしゃっていました。名前を聞いたら、なんとその学生は今私のクラスにいる子です。授業中の飲食は禁止なのに、時々私の目を掠めてビスケットを食べたリしている。「ああ、あの子ならやるだろうな」。ごく自然にそう思いました。カンニングをするしないは性格に依りますね。勉強が出来ないからではない。

 答案の覗き見というのは、余所の家の覗き見とは違って立証が困難です。証人が必要。その時は私が一人で監督していました。多寡が30人の監督に教師が二人も要らない。気心知れない先生が居るとうっとうしい。だから、「私一人で大丈夫ですから」と言って他の先生には帰ってもらっていた。他の学生を証人にするしかない。けれどもこれは無理な話。証人になれと言ったって、「ハイ」と素直に聞く学生がいるとは到底考えられない。

 打つ手に詰まって仕方なく、傍へ行って扇子で軽く頭をひっぱたいてやった。教室は暑いので手に持っていたのです。それでも止めない。今度は「パッチン」と、教室中に響くほど強く叩いた。他の学生がビックリしてこちら見る。それでも怯まない。いやもう凄い執念。見栄も外聞も無いんですね。それともそもそも「恥」っていう概念が無いのか。どうしようもなくて、とうとう答案を取り上げ、Cを教室から追い出しました。その僅かな隙にも、後ろでは他の学生がコソコソと「ここ教えて」なんてやっている。出した問題は簡単なもの。どうしてこんなのが出来ないのかと情けなくなりました。
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