25. カンニング-2
外国語学院事務棟
院長室、副院長室、会議室、教員室、図書室、印刷室などが入っている事務棟。
 1班の日本事情の試験で問題が起きました。試験前、学生達から辞書を持ち込んでも宜しいか? と聞かれた。私、作文以外では持込みを認めました。作文の場合は辞書にズバリ回答が出ている可能性がありますから禁止。しかし、他の課目ではそういうことはない。例え専科とはいえ相手は大学生。Ladies and gentlemen。性善説に立ったわけです。結果的にそれが良くなかった。

 例によって、相棒の先生には「私一人で十分です」とお引き取りを願い、一人で監督していました。時間の半ばを過ぎる頃になって、妙なことに気が付いた。教壇の上の教卓に座っていたのですが、辞書を開いてすぐ閉じ、答を記入する学生が何人かいる。大多数の学生は辞書を開いて頁をしきりにめくります。一発で求める頁を開けられるなんてことはあり得ませんからね。すると自然に指が動き、頭が左右に動くことになる。それが全く無いというのは不自然。そこで下に降り、列の間を歩いて見て回った。何とその連中は辞書の見開きとか奥付きにギッチリ単語を書いてある。それを見ているのです。

 日本事情の教材には主として新聞記事を使いました。新聞には辞書に出ていない言葉が出てくる。新語もあります。例えば「ブランチ」なんて言葉。私、初めこれは誤植だと思った。ところがそうじゃないんですね、これ。breakfast と lunch の合成語なんです。朝昼兼用の食事という意味。そういう単語は当然、授業の際黒板に書いて説明してあります。そういうのは憶えてきてもらわないと困る。辞書の持込みを認めた理由は、3年生にもなっていながら未だに動詞の変化や自動詞、他動詞の働きが分らない学生がいる。そういう連中は読解能力も弱い。その辺を少し救ってやろうと考えたからです。書き込みして来るなんてコレッポッチも考えなかった。

 私それを見て、本当に憂鬱になりました。試験の前にしつこく、何回も「カンニングはするなよ」と警告した。「今までに授業でやったことをもう一度復習するような問題しか出さないから」と。それでもこんなことをする。何て奴らだ。仕方がない。時間が終わる間際に4人から辞書を取り上げました。うち1人は紙を辞書に挟んでいたのです。彼女たちは口々に抗議する。でも取り合わず、一階の学生生活指導室へ行きました。

 普段私、この部屋には入らない。仕事上殆ど関係がないのです。でも今回は自分一人ではどうしたらいいか、ちょっと判断がつかない。日本語科担当のおばちゃん先生に事情を話した。おばちゃんは辞書の書き込みを見て、「ウーン」と唸る。4人の学生はしきりに「辞書を返してくれ」と要求する。物的証拠さえ無ければ・・・ということでしょう。廊下には仲間の学生が屯して「成り行きや如何に」と中を覗いている。

 そこへL先生がやって来た。騒ぎに気がついて室内に入って来て、学生達から事情を聞いている。やがて、「学生は<習った語彙を辞書に追加しただけだ>と言っています」と言う。なるほど、それは理屈だ。ちょっと感心した。「でも、大多数の学生はそういうことはしていません。そしてちゃんと解答している。公平という観点からするとこの学生達を見逃すことは出来ません」と答えた。L先生は黙ってしまった。そこで英語科の先生が「副院長の所へ行きなさい」と言う。まぁそれが妥当な判断かな。

 証拠の辞書を持って事務棟に向かう。学生達は必死になって「辞書を返してください」と言う。でもここまで来たら返すわけにはいきません。ここで意外なことが起きた。L先生が一緒に歩きながら、「先生。もしこの連中が放校ということになったら、親から祖父母まで一家総出で抗議に来て、大変な騒ぎになりますよ。ここは日本とは違うのです。ちょっと考えた方がいいですよ」と言う。普段学生達はL先生のことを「あんなに厳しい先生はいない。鬼のようだ」と評している。その鬼先生がこんなこと言うなんて。でも、私は取り合わない。中途半端なことはしない主義。

  副院長は折よく在室していた。L先生に通訳してもらった。彼も辞書を調べながら、困ったような顔をしていた。やがて「貴方は試験開始前に全員の辞書を調べましたか?」と言う。いいえ。「カンニングは学則で放校と決まっている。でもこの試験は彼らにとって最後の試験です」。はい。それは承知しています。「前もって辞書を調べなかった点に落ち度があったかも知れない。どうでしょう。この学生達は減点ということで処理できませんか?」と言う。ははぁ、それはいい落とし所だ。またまた感心した。「OK ! It's a good idea」と答えたら彼は破顔一笑。「Thank you very much」と手を差し出した。

 私がもし「それは罷りならぬ」と答えたら、彼は立場上、放校処分を上申せざるを得なくなる。後で聞いた話ですが、今までに日本語科で単位が取れず卒業延期になった例は皆無。M先生から聞いた話。全く読めない・書けない・聞けない・話せない学生がいた。どうして毎日教室に来て座っていられるのか不思議だったという。M先生は当然落第点を付けた。ところがその学生は卒業したのだそうです。M先生には何の断りも無かったという。どうしてそんなことが起り得るのか。M先生「兎に角この学校には呆れてモノが言えない」とおっしゃっていました。

 ともあれ、M先生はここに足かけ3年在籍しているけれど、卒業延期と同様かつて放校処分があったなんて聞いたこともないそう。それが一遍に3人も放校になったら間違いなく驚天動地の大事件です。副院長もそんな処分はしたくないに違いない。私がアッサリ彼の提案を受け入れたので、彼は非常に嬉しかったようでした。

 このような事例について他の大学も同様かどうかは知りません。でも一つ言えることは、中国って人間性悪説に立っていながら、その割には管理の締め括りの部分がキチンとしていない。全体に尻抜けが多い。そういう印象が強いですね。
TOP  前頁 NEXT