32. 信じられないこと
体育祭の行進
体育祭。学院別に行進する。歩調に合わせ、例えば「学習努力」などと叫ぶ。なお、この写真は本稿とは関係ありません。
 今回は何と言えばいいのかどう考えても適当な表現が見つからない、意表を突かれた信じられないような出来事について書きます。

 何時頃だったか記憶が曖昧。たぶん前学期の終わり頃だったと思います。授業中にドアをノックする学生がいる。見たことのない男子学生。廊下へ出て話を聞きました。学院の名前は忘れましたが、余所の文系の学生でした。用件は「今期で卒業するのだけれど単位が足りない。自分は日本語ができる。日本語科の1課目を履修したという証明書を書いてきたから、ここに課目名を適当に入れてサインを下さい」ということ。私、目パチクリ。相手の言っていることを理解するまで暫く時間が掛かりました。

 やっと要点が飲み込めて、当然「君。初めてここへ来ていきなりそんなこと言ったって応じられるわけはないだろ」と答えた。そうしたら、「これから残りの授業に出席しますからお願いします」と押してくる。滅茶苦茶な話ですよね。でもチャンと私の話が分るところを見ると気違いではなさそう。困ってしまって、U主任が授業している教室へ連れて行き、カクカクシカジカと説明した。U主任は中国語でその学生と何回か応酬。結局その学生は諦めて帰って行った。U主任私に一言。「出来ない相談」。落ち着き払って授業に戻って行った。この人私がここで働き始めて以来、初めて役に立った。

 しかしこの学生、どう考えてもおかしい。「ウチの学院はこれにサインを貰って行けば履修と認めてくれるのだ」と言っていたけれど、そんないい加減な話ってあるだろうか。それと日本語科の場合履修課目は決められていて、一つ落としたら卒業できない仕組みになっている。単位もヘッタクレもない。余所では単位制になっているのだろうか。もしそうだとすれば、卒業間際になってから単位不足と騒ぐ方がおかしい。もう一つ。用件の性格からするとまず主任のところへ行くべき。「外国人教師ならもしかしたらサインするかも」という僥倖狙いだったかも知れない。兎に角常識では考えられないことでした。

 今度は知り合いの在日中国人の話です。日本の一流大学を卒業し、一流企業に勤めている男性。上海出身者が中心のMLの主催者です。この人が出張で上海へ来た。一夕食事を共にし、ふと思いついて「私のクラスで日本の話をしてくれませんか」と提案してみた。彼はとても喜んだ。「是非」と言う。「それでは」と、日時を決めた。某日の朝7時45分に上師大正門前で待ち合わせることに。

 当日、早くから行って待っていました。約束より早く来ることもあり得ますからね。ところが待てど暮らせど来ない。始業の8時まで待っても来ないから教室へ行き、遅れて授業を始めました。30分くらいしたら何と彼が入り口に現れた。怒っている。「何で待っていないんですか」と頭から湯気を立てんばかり。「日本の常識では約束を15分過ぎたらアローアンスは終わり。それに授業は8時からだし・・・。貴方もそれくらいは分るでしょ」と答えたが納得しない。「教室がどこかまでは分らないんだから、遅れたって約束の場所で待っているべきだ。それが客に対する礼儀だ」と。自分が遅刻した詫びなんか一言半句もない。これには呆れた。

 何で遅れたか聞いたら、道路が渋滞したと。そして、タクシーの運転手が大学の正門を知らなかったと言う。理由はどうであれ遅刻は遅刻だと思うんだけれど、守衛などに聞きながら教室まで辿り着いた熱意に免じて、「そうかそうか。済まなかったね」と一言言ったら機嫌が直った。そして「日本語ではうまく話せないから」と中国語で時間一杯しゃべって、ご機嫌で帰って行きました。

 後で学生に感想を聞いたら、「いろいろ言っていたけれど、そもそも私達は留学自体が簡単にできないのだから・・・」。留学したらこういうことがあった、ああいうことがあった。自分はこうして乗り切った・・・というような話だったらしい。考えてみたら、やはり日本語で話させるべきだった。そうすれば私も話の内容が分ったし、また、日本に留学した場合の日本語能力の程度を学生達に実物で見せるという意味もあった。自分の授業を丸投げしてはいけません。これは大いなる反省点。

 この2件は極端な例ですが、それにしても中国人ってまぁ本当に自己中心的です。特に後のケースは日本に長くいる人だけに余計その感が強い。自分の非には知らん顔。ひたすら自分の都合を押し付ける。或いは相手を非難する。日本では「世の中には常識というものがある」というのが常識。しかし、こちらではそういうことは考えないのが常識。声が大きい方、押しが強い方が勝ち。結局のところ、ここは理の世界ではない。力の世界。これは善悪の問題ではなく現実の認識として、「お隣さんの性格はこうだ」と肝に銘じておかなくてはいけない。

 この国が法治の国になるなんてことあり得るのだろうか。もしなれるとしても、それには気が遠くなるほどの長い時間が掛かるだろう。私はそう信じています。
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