33. 互相 (Hu Xiang)
外賓楼ロビー
2階に外国人教師向けの掲示板と談話室がある。この床は向こう側に下がっていた。傾斜がある変なロビーでした。

 日本語が上手になりたい。日本語科の学生ならばごく自然な欲求です。そこでnative speaker との交流を求める。外賓楼には語学留学の日本人がかなりいます。学生達はその人達と何らかの方法でコネを付け、週に一回程度相互に言葉を教え合っていました。今回はその互相(hu xiang)にまつわるお話です。

 まず、どこで話をするかという場所のこと。学生の殆どが女の子ですから、日本人側も女性ならば問題は無いのですが男性だと個室というわけにはいかない。そういう組み合わせの場合は外賓楼のロビー2階を使っていた。そこにちょっとした集会室みたいなものがあるんです。

 1対1でなければ、ということは学生の方が複数ならば問題はない。個室にお邪魔して会話していたようです。一例を挙げれば外賓楼でお知り合いになり、何回かご一緒に旅行したりしたA氏は私の2年目の学生数人と交流していらっしゃいました。A氏は初老の紳士で料理がお上手。よくカレーやシチューを作って学生達に振る舞っておられた。私もご相伴にあずかったことがあります。

 日本人留学生に対し日本語科学生の方が圧倒的に多い。ですから外賓楼の大抵の日本人は複数の学生と交流関係にありました。それでも相手を得られない学生が多くて、私は始終「日本人を紹介してください」と学生に責められていました。特に「あの○○さんをお願いします」と言われる。この○○君という人は、前にお話ししたことがありますが、反町隆史似の青年。サッカーで有名な某高校でゴールキーパーをしていたというだけあって背が高く、精悍な感じの男。見ただけで女の子は血が騒ぐらしい。

 私、学生から頼まれれば試験問題を教えること以外は大抵聞いて上げていましたが、この件だけは断った。何故かと言うとこの○○君。全く授業に出ないで上師大に1年以上居る。留学というよりも沈澱ですね。そして、若い中国人女性がピッタリくつついているという噂。アーイーが掃除に入れなくて困っていると聞いたことがある。学生の中にも勇敢なのがいまして、直接○○君に電話する。個室に訪ねて行く。するとその若い中国人女性が出て○○君には取り次がないんだそうです。「あんた何の用なのサ? 彼に寄り付かないで。私の物なんだから」てな調子だということ。障壁があると益々取り付きたくなるらしく、「先生なら何とかなるのでは?」と私に言ってくる。きっと「怖い物見たさ」の感覚なのでしょう。

 それとは反対に近いケースもありました。2年目の学生で30過ぎの男性と交流している子がいた。成績は上位ですけれど、無口で目立たない子でした。たまに学外の喫茶兼軽食店みたいな所で相手の男性と向かい合って座っているのを見掛けた。彼女のところだけが何かメラメラと炎が立っているように見える。教室ではタダの学生ですが、そこでは女性そのもの。「かなり惚れ込んでいるな」と見ていました。後で聞いた話では、最初のキッカケは校門に立って通り掛かる日本人に声を掛けて・・・ということだったらしい。まさに一本釣りで掴まえたのですね。中国も日本も今の若い女性はactiveですね。私らの時代とは隔絶しています。

 ある日曜日。突然、その子のルームメイトがその子の両親を連れて私を訪ねて来た。「昨夜彼女は寮に帰って来なかった。先生何かご存じないですか?」と言うのです。週末は実家に帰るのに帰って来ない。両親は心配して寮に電話したが居ない。それで朝になってスッ飛んで来たというわけ。私、寮監じゃありませんから勿論何も知らない。そう答えたら「分りました」と帰って行った。一人ッ子でおまけに娘。ご両親が心配するのも無理はないですよね。

 次の授業の開始前。その子をそっと呼んで、「親に心配掛けるな」と、持っていたテキストで頭をコツンと叩いてやった。真っ赤になっていました。周りの級友たちは「どうしたの? 何かあったの?」と目を峙てていました。後で相手の男性から詫びが入った。「友人達と飲み会をやったんですがそこへ遊びに来たんです。気がついたら門限が過ぎていて、仕方がなくて家に泊めました。何もしていませんがご迷惑を掛けまして」と。そうそう。その男性は外賓楼ではなく外に部屋を借りていました。丁度その頃、外国人留学生の学外居住が解禁になったのです。

 私は教師ではあるけれど、学生の生活上の監督まではしていません。それに学生も日本流に言えば既に成人です。何かあろうがなかろうが、私がとやかく言うことではない。「いえ、両親が私の所まで来ましたので、<親に心配掛けるな>と言っただけです」とお答えしておきました。

 私が上師大を離れた後、その子と相手の男性との結婚披露宴に招かれました。宴席は上海・和平飯店。家内と一緒にそこに一泊させてもらった。頭コツンでこんないい目に合えるのなら、もっと叩いておくんだった。今その子は女の子を産んで、その男性と日本で暮しています。
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