34. 上海交通大学
上海交通大学図書館
上海交通大学図書館。東亜同文書院の遺構ではないかと思います。
 今日はちょっと目先を変えて、お隣の上海交通大学のお話です。盛り場徐家匯にあります。江前主席の出身校として有名ですが、キャンパスは1901年に日本東亜同文会が創立した東亜同文書院を引き継いだものらしい。「交通」と名が付く大学は他にも西安交通大学があります。中国交通銀行という銀行もある。元は戦前の交通部(日本の運輸省)の経営になるものらしい。英語では交通大学はCommunication Univ.となっています。理系では上海一の大学です。 
上海交通大学桃李苑
 最初に行ったのは左写真の桃李苑です。上師大の外賓楼と国際文化交流学院を一緒にしたような施設。用件は外国人向け中国語講座のパンフを貰うため。家内の知人の息子さんが上海に駐在している。その息子さんが結婚した。当然お嫁さんは上海へ行くわけですが、中国初めてですから中国語を勉強したいと言っている。ついては貴女のご主人の上師大へ行かせたいと、その知人から家内に連絡があった由。
 私、その息子さんが何処にお住まいか問い合わせた。井上さんと同じ打浦橋だとのこと。すると上師大まではバスで(渋滞時は)1時間かかる。毎日のことだと大変です。それより途中に上海交通大学があるから、そちらへ行かれる方が賢い。大学の格も上師大よりずっと上だし、徐家匯で買い物もできるし・・。と、勧める以上は、講座内容や授業料などを調べて上げなくてはならない。それで出掛けて行ったのです。

 行ってみて驚いた。大学周辺は交通大学の名を冠した商売の建物ばかり。電脳センター、印刷中心、出版社、etc。やっていないのは葬儀社くらいのものではないか。徐家匯から大学に辿り着くと、開いている門がまことに貧弱。これは通用門じゃないか。正門は反対側にあるんじゃなかろうか。更にキャンパス内に入ると建物がゴチャゴチャしている。整然としているのは上の写真の一角だけ。おそらく東亜同文書院のキャンパス自体が元々そんなに広くなかったのではないでしょうかね。そこへ後から増築を重ねてそうなっちゃったんでしょう。結構だけで比べたら、上師大の方が遙かに立派。格上に見える。

 次は日本にいる上海出身のSo君のご尊父So教授をお訪ねした。用件は「貴学で日本語教師の需要はありませんか」ということ。早い話が売込みです。So君は私が参加している上海人中心のMLの管理者です。上海の大学にコネがありませんか? と聞いたら「父が交通大学にいます」ということで、早速紹介していただいた。ご尊父は大阪大学に留学され、燃料電池を専攻された。教授になられてからも横須賀の東電だったか通産省だったかの電力研究所に研修で長く滞在された由。快く会ってくださいました。後に聞いた話では、天皇行幸の折、このSo教授が全学を代表して歓迎の挨拶をされたそうです。

 私が「上師大の学生は勉強しません。同じ教えるならもっと熱心な学生を教えたいんです」と訴えたら、「それは教師たるものの共通の願いですよ。ここも同じです。今、そのことが全中国の問題になっているんです」と言われ、二の句が継げなかった。予想外な答えでしたから。肝心の日本語教師の件。外事処に問い合わせてくださった。回答は「本学は理系大学。したがって特に外国語教育の為の専門家を必要としない。ただ初級会話能力は必要なので現在は中国人教師がその任に当たっているが、来期は日本青年海外協力隊から1名の派遣を得られることになっている」。これにはまたまた絶句。何と言うことだ。

 青年海外協力隊というのは確かJICAが主管している途上国・後進国向けのプロジェクトです。以前江蘇省J市で日本語教えていたとき、市の大学病院に青年海外協力隊から看護婦さんが派遣されて来た。患者中心の看護を指導するという目的と聞きました。だから中国に派遣されるのが不自然ということはない。けれども青年海外協力隊員には、日本政府から日本円で、確か学卒初任給くらいの給料が支給される筈。派遣された人は大抵、帰国するときには結構な貯金ができるそう。苦労するんですからそれはそれでいいんですが、場所もあろうに何で中国一の大都会上海へ派遣するの?  それも一流大学でお金持ちと評判の大学に。全くもう、わけがワカラン。

 おそらく交通大学は江主席の母校というカードを振りかざして派遣を申し入れたのでしょう。在北京日本大使館はJICAに「必ず」派遣するように指示したのでしょう。JICAは外務省の傘下機関です。これは必ず実現する。結果、交通大学はロハで日本人日本語教師を2年間使えるわけです。これが一流大学のすることか。呆れました。すると、チャンと給料払う上師大はまことに健全な精神を保っていると言うことになります。

 3回目は再び桃李苑。上師大へ来る日本人語学留学生が減った。私の2年目の学生が互相(Hu Xiang)の相手を得られない。「先生、何とかして」と訴える。偶々上海歴史散歩で桃李苑に滞在している人と知り合いになったので、事情を訴えた。「協力しましょう」ということになって、桃李苑で集団お見合いをやった。当日上師大からも、桃李苑滞在の日本人留学生も幸い大勢参加してくれました。そして上師大の学生がロビーに座っている日本人の間を回って歩いた。しかし、結果を後で聞いたら、1件も交流の約束は成立しなかった。

 1件も成立しなかったから言うわけではありませんが、何だか日本人の男の子達は品定めの目で上師大の学生を見ていたような気がする。「いい子がいたら受けてやろう」というような・・。私の学生は私の子供と同じ。そういう目で見られると不愉快。後味が悪かったですね。

 それにしても、留学生と言えば聞こえはいいが、交通大学へ来ている若者達も何だか気色が悪い連中でした。一言で言うと、挙措動作がパシッとしていない。ノロノロ、モタモタしている。目に光がない。今の日本の若者はみんなあんな風なんでしょうか。「嫌なことは一切しないで育ってきたのだろうナ」という感じがしました。徴兵制を敷いて、2年くらい「泥水すすり草を噛み」という経験をさせた方がいいのではないか。「国のため」ではありません。そうすることが、間違いなく本人のためになる。そう思います。
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