36. 上海の面白さ
中山東路
中山東路。左が外灘。右前方に和平飯店が見える。そこを右折すると南京東路。
 高校時代の同級生が出張で上海へ来ました。この男は私と違って秀才で卒業生総代だった。東大を出て財閥系大会社に入り専務まで行った。今は子会社の社長。出張と言っても視察です。泊るホテルもシャングリラ。

 ホテルのロビーで待ち合わせ。30分前に行った。時間に現れないのでフロントへ行って、「M.Tは?」と聞いた。そんな客はいないと言う。1時間待った。現れない。またフロントへ行き、「飛行機に遅れはないか」と聞いた。「空港送迎バスは順調に動いています」と言う。30分待った。来ないからまたフロントへ行き、「T.Mは?」と聞いた。今度は「いる」と言う。さっきはボーイ。今度は小姐。「M.Tで無かったらT.Mで見ればいいのに」。文句言いたかったが我慢した。このように一流ホテルでさえ才覚、つまり、ちょっと気転を利かせるということができない。「没有」の一言で片付ける。お客第一という感覚がこの連中の身に付くのはいつのことか。

 友人のフライトは予想外に早く着いたのだそう。泊っている部屋をちょっと見せて貰いましたが、スイートと言うんでしょうか。豪華なもの。1泊3万円はするのではないか。それと、ロビーで待っている間、外の黄埔江を通る汽船の上部構造だけが見える。それがTV.CMを見ているようで面白かった。

 友人は「上海2回目だけど街は碌に見ていない」と言うので、南京東路を案内しました。歩いていると、次から次へと小姐が寄って来るのには驚いた。友人はバリッとしている。だから外国人と分るのです。私はいつも乞食一歩手前の汚い格好。そして普段は一人で歩いている。だからこういう経験はない。なんと1kmくらいの間に6回も声掛けられた。話には聞いていましたが、聞くと見るとでは印象が違う。正直な話、上海を再発見した思いでした。
南京東路・ほこてん
(写真左)南京東路・歩行者天国です。高島忠男氏の「お言葉ですが」に、この辺りで「日本語を学習中だから相手をしてくれ」と若者に声を掛けられ、「あなた」の使い方が間違っていると同行の友人がお説教する話があります。
(写真右)張小泉は有名な刃物屋。
南京東路張小泉
南京東路・東亜飯店
(写真左)東亜飯店。上の写真の辺り。ネットで見ると1泊200元台です。一度泊ってみようと思いながら・・・。
(写真右)ここは広東料理の店。午後2時からの飲茶がreasonableなお値段でおいしいそう。背面はラマダ・ホテル(4星)。
新雅えつ菜館
外灘から浦東側を見る
(写真左)外灘。向こうは浦東。日本語で話し掛けてきて切り絵を見せ、お金をせびる夫婦連れの騙人が出没します。
(写真右)陳毅さんの銅像。上海初代市長とあったが、確かこの人は最後に外相をやった人だと思う。 
陳毅初代市長像
蘆湾大橋
(写真左)黄埔江を橋で渡る。
(写真右)浦東側。喫茶店BONAMIから見た外灘。ここのコーヒーは1杯35元。
浦東側から見る外灘
昼のSasha's
(写真左)衡山路のSasha'sという昔、江青が住んでいた邸宅。今はバーになっている。私が行った時、壁は白だった。
(写真右)夜のSasha's。昼夜ともMLの友人岩橋さんが撮って下さった写真です。
夜のSasha's
 この時は私、まだ上海へ来て日が浅かった。だから夜は交通大学に来ている上海通の留学生に案内をしてもらい、名前忘れましたがおいしいと評判の杭州料理店で食事。その後、上の写真のSasha'sという所でコーヒー。1杯50元にはタマゲた。

 話はちょっと変ります。この時ではありません。青島へ行こうと考え、Sasha'sに近い復興中路の旅行社へ行った。そこの日本語ができるという小姐が私を「キミ」と呼ぶ。初めは黙っていたけれど、度重なるので遂に「お客にキミは失礼だよ」と言ってやった。すると「日本語学校で日本人教師にそう習った。間違いない」と言い張る。そして「キミは何者なの?」。しょうがない。名刺を見せて「じゃ僕がその教師に会って言うから学校の名前は?」と聞いたら黙ってしまった。

 こういう間違った日本語を教えるヤツがいるから困る。その教師は若い女性らしい。大方、語学留学生がアルバイトしているのでしょう。日本語に限らず、外国人に言葉を教えるのはそんなに簡単ではありません。私なんか毎日のように反省している。
TOP  前頁 NEXT