37. 大学対抗弁論大会
為人師表
西部キャンパスの最も人通りが多い所にある標語。為人師表とは「人の師表たれ」ということでしょうか。

 これは2期目の話。秋でした。或る日、新専科3年生で最優秀の学生が訪ねて来ました。何かと思ったら、その学生は「U主任に<弁論大会に出場するように。ついてはN先生(注)に指導して貰え>と言われましたので」と。例によってU主任から私には事前に何の話もない。
(注)私のことです。

 この弁論大会というのは、詳しくは後で知ったのですが、主催が京都外語大。上海市内の各大学から1名宛出場し、優勝者は京都へ招待される。いつ頃始まったのか、また京都外語大が何でこれを始めたのか、その辺の事情は知りません。おそらくここは新しい私大。少子化の先を読んで留学生呼び込みの布石のつもりで始めたのではないか。ともあれ、上海で毎年実施されているらしい。

 その学生持参の原稿を読みました。これが実に奇妙奇天烈な原稿。最初は「平和はとても大切なことだ。贅沢はできなくても家族が一緒に健康で暮らせて、子供が生まれそして育ち・・・」というようなことが書いてある。それが突然途中から、「毛主席はこう言った。<我々は常に外国の反革命勢力に対し・・・>」なんて激烈なアジ調に変る。トーンが変るだけならまだしも、内容に何の脈絡もないんです。

 「一体これはどういうことなの?」。「原稿を見せたらU主任が書き加えたんです」。「こんなの使えないよ」。学生は無言。「そうですよね」と言いたいところを我慢しているのでしょう。「U主任には黙って書き直したら?」。「先生が書いて下さいませんか?」。「それはダメ。まず君の信条や心情に基づいて書く。適当でないところを直す。そうでないと私の、つまり日本人教師の弁論になっちゃうよ。素材だけでも君が提出しないと」。

 学生からU主任に電話させました。「N先生は<この原稿は使えないとおっしゃっています>」と。そしたら「U主任が<それならN先生に書いて貰いなさい>と言っています」と言う。私には何の挨拶も無いのだから、私が直接出るのはおかしいのだけれど、学生が可哀想だから仕方なしに電話に出た。「完全に私に任せますか?  それなら引き受けますが」。すると「それはできません。原稿を見せて貰い、私の手を加え、合作でないと困る」と言う。そういうやり方は決して良い結果を生まない。失敗は目に見えている・・・と言っても「主任の立場がどうのこうの」と言っている。「それでは私は指導はできません」。キッパリと断った。学生も理解してくれました。

 私に断られて、U主任は外賓楼の語学留学生の古手に指導を頼んだらしい。大会の当日、会場の華東師範大学へ行きました。私は指導こそしなかったけれども、教えている学生が出場する晴れの舞台。やはり気持ちだけでも応援したい。行ってみたら、全大学一律ではなくて上海外語、華東師範、復旦、交通(はいたかどうか?)の一流大学が一部。上海、上師大、旅遊学院、三達などの二流グループが二部と分けられていた。それならかなり入賞の確率は高い。審査員は京都外大教授とか会場の華東師範教授とか。上海総領事も入っていました。

 私の学生はスピーチは無難にこなした。でも、話題そのものにパンチがなかった。更にスピーチのあと、審査員の質問にうまく答えられなかった。質問は「貴女は大学の図書館でどんな本を読みますか?」というものだった。上師大では専科生に図書館は開放されていない。そういうことを余所で言うわけにはいかないと咄嗟に考えたのか、それともそれが事実なのか分らないのですが、彼女は「済みません。上がっちゃってご質問の意味が分らないのですが」と答えた。結果、二部では旅遊学院が優勝で、上師大は入賞できなかった。

 一部では華東師範と外語大が私の見るところいい勝負でした。でも華東の弁者は少しジェスチュアーが大き過ぎた。別の表現をすれば、芝居がかっていた。対して外語の弁者は見るからに理知的な女性で、話の内容で押してくる。そういう感じで、私なら外語の方に入れる。結果はやはり外語でした。瞬間、会場にガッカリした溜息が。まぁ華東師範でやっているのだから、華東の人達は「華を持たせてくれる。いや実力でも優勝」と期待していたのでしょうね。落胆も無理もない出来でした。

 それから暫くして、上海で日本語を教えている日本人教師の会がありました。これも毎年催されているらしい。会場は外語大。上海大にいるMさんから連絡を受け、私も出席。出席者は殆ど大学で教えている人達でしたが、長崎県からの派遣で或る中学で10年以上も教えている方がおられるのには驚いた。その方は地元では名士のようでした。

 外語大には専家と培訓班(社会人対象)の両方で4,5人の先生がいらした。専家の先生に「弁論大会は素晴らしかったですね」と祝意を表したところ、我が意を得たとばかり滔々と話し出した。その人が指導したのだとのこと。話の中で「長年培った視聴者のハートを掴む技術を生かして・・」とおっしゃる。放送関係の出身者のようでした。まぁ話は鼻をうごめかして自慢タラタラという感じでしたが、しかし聞いていて「成る程」と感じることが多かった。

 まず、外語大では日本語科全体で取り組んだという。そうだよなぁ。そうでなくちゃね。先生方の中から委員を選び、学生を推薦して貰う。候補にノミネートされた学生で第一次予選会。その中から数人の候補を選び第二次予選会。そこで合議。まとまらなかったらまたコンペ。そして一人に絞ったのだと。次に話の内容。論理的かつ情緒に訴える。そのバランスに苦心した。話し方も何人もの先生に三方から見てもらいチェックした。オーバーにならないように、しかし堅苦しくならないように。これらの準備に実に2ヶ月掛けたとのこと。

 私、外語大の弁者が話した内容はもう忘れちゃいました。でも綺麗な女性だったことだけは憶えている。やっぱりこういうのはまず玉が良くないといけない。でも、二部で優勝した旅遊学院の弁者は男だった。見てくれではウチの学生の方が数段上。すると決め手は器量の良し悪しだけではない。話の内容も大切。そして演出も大切。結果はどうなったか分りませんけれど、私がフリーで指導してみたかったですね。碌なバックアップも受けられずに出場させられたウチの学生は本当に可哀想でした。
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