39. 研究生Saさん
人文学院
人文学院新校舎。上師大の文系では一番評価が高い学院という話でした。

 いつ頃のことだったか記憶がハッキリしないのですが、多分2期目に入ってからだったと思います。人文学院歴史科の研究生Saさんと知り合いになりました。京都教育大からの交換留学生T君の紹介で私を訪ねて見えた。用件は南京攻略戦時の日本軍指揮官の氏名の読みや軍の編成について聞きたいということ。ボーイッシュでどこかシャープな感じがする面立ち。ご本人には悪いけれど最初は「男性かな?」と思いました。日本に4年間留学した経験があるそう。それで南京事件について調べている指導教授に頼まれたらしい。そうそう。こちらでは院生を研究生と言います。彼女は修士(碩士)課程に在学中でした。

 私は98年に江蘇省J市に行くことが決まったとき、日本で岩波新書の「南京事件」を買って持参。南京に近いJ市で読みました。いわゆる「大虐殺」時の周辺状況は承知している。また軍の編成についても多少は知っている。ですから質問には大体答えられました。

 ただ、ちょっと横道に逸れますが、私は犠牲者30万人というのは大誇張だと信じています。当時の南京市民が20万人程度だったとか。周辺から流入した避難民も合わせて皆殺しにしたとしても30万人になるかどうか。で、幾ら何でもそんな人数、しかも非戦闘員を皆殺しになんかできるわけがない。もしそれが本当なら、南京市内で生き残った人間はゼロということになる。殺した30万人の死体はいったい誰が始末するの?

 真相はどうなのか。「戦争による中支方面の死傷者数合計約30万人」とドイツ某紙の特派員が打電した報道がすり替えられたという説があります。私もその説を支持します。ただ、助命を約束して投降させた多数の捕虜を、後方司令部の命令とは言え約束を破ってまとめて銃殺したのは事実。このことについては言い逃れは出来ない。その場所には今、侵華日軍大屠殺紀念堂が建っています。

 本題に戻ります。これがキッカケになって、以後このSaさんには色々と助けてもらいました。彼女は河南省開封の人。西安外国語学院英語科出身の才媛。旅行社のガイドをしてお金を貯め、日本に留学した。帰国後、大学の先生になりたいと考え、上師大歴史科に著名な教授がおられるのでその指導を受ける為にここへ来たという話。お母さんも学校の先生でいらっしゃるとか。理知的な人でした。私の離任後無事碩士になり、上師大を離れて今度は博士号を取る為に華東師範大学に移ったと聞きました。

 何故博士号まで取るのか。このSaさんの話では、5年後くらいに碩士以上であることが大学教師の必須条件になる。更に5年後くらいには博士号が要求される・・・と教育部から方針が出ているのだそう。でも皆が皆博士になることは、現実には難しいでしょう。「副教授もしくは教授には博士号が必要」と言うことではないかという気がするのですが。

 彼女に特にお世話になったこと。泰山へ旅行した帰りの軟臥票を斉南旅行社の友達に手配してもらった。そのお友達から票を受け取るとき「これはなかなか手に入らないんですよ」と言われましたっけ。その後の西安旅行、四川省、雲南省旅行の時も適切な助言をしてくれた。また、私のパソコンがトラブったとき、パソコンに強い数学科院生を連れて来て助けてくれた。

 彼女とは色々議論をしましたが、中で記憶に残っていること。「歴史を研究するとき、とても難しいのは当時の人間の心理・感覚で当時の事象を考えること」。なるほど。そりゃそうだ。今の感覚で見たんじゃ勝手な解釈になってしまう。私の「中国は男女平等でいいね」という意見に対し、「いえ、不公平ですよ。上の地位に女性が就くのは難しい」。私、「女性は巨視的にモノを見るのが不得手だから」と言ったら、「そんなことはない」と反論された。結局その話は有耶無耶になりましたが、今は彼女の方が正しかったと思っています。

 それは、最近読んだ本(注)に書いてあった。78年、党中央政治局には女性が二人いた。80年代後半には一人もいなくなった。今(95年?)はそのちょっと下のランクにもいない。78年、党中央委員と候補委員の11.1%が女性だった。今(95年?)はその比率が7.5%に落ちた。

 上層部へ昇進の差別だけでなく、一般民衆の出生やその後のレベルでの男女差別もひどくなっているようだ。国勢調査の対比。82年男100に対し女94.1。90年男100に対し女93.8。人数にして3000万人の女性が消えた計算になる。超音波診断による胎児段階での中絶。通常出生率は女子100に対し男子105。これはほぼ世界共通。ところが中国の一級行政区20の内五つでは女子100に対し男子120になっている。更に、出生後の間引き。出生登録をしない(黒孩子)。人身売買。改革開放後沿海部では所得水準が向上した。そのことが却って旧来の男尊女卑の陋習を復活させていると、この本の著者は分析しています。
(注)N・クリストフ&S・ウーダン著。「新中国人」 新潮社 96年5月刊

 今や中国は日の出の勢いと多くの人は言う。でもこの国の内情を知れば知るほど、この国の抱えている問題は多く、しかも根が深いと感じます。「この国の辛さは大き過ぎることです」と司馬遼太郎は言った。蓋し名言。この頃は私、この国のトップの人達に同情的になってきた。そういった難事を解決し民生を向上させて行くことは、今の成長が続いたとしても非常に難しいでしょう。おっと、脱線しました。

 よいお友達だったSaさんが初志を貫き晴れて大学の先生になれることと、彼女が中国近代化に貢献されることを願って已みません。
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