40. 二年目の学生達
西部キャンパスのメインロード。右はグランド。
植え込みの「為人師表」という標語を背中にして正門方向を見る。上海に限らず江蘇省の古い街にはこういう並木が多い。
 最初に担当した学年には良くも悪くも個性的な学生が多かった。そういう連中は顔も名前もよく憶えています。また、私の部屋へよく遊びに来ていた学生達も当然憶えていますし、今に至るも何らかの交渉があります。ところが二年目に担当した学年(専科の方)にはあまりアクの強い学生がいなかった。また、「遊びにおいで」と誘っても来なかった。するとやはり印象に残らない。今、何か書けることはないかと懸命に記憶の底を浚ってみても、これといった材料が出て来ない。辛うじて二、三思い出したことを書いてみます。

 銭という女子学生がいた。成績は上位。気が強そうな顔をしている。この子の傍、傍と言っても隣ではないのですが、まぁ近くにいつも陳という男子学生がいて、何かと銭に気を配っているのが様子で何となく分る。教壇から見ていると不思議にそういうことって分るんです。ある時何かキッカケがあって、陳に「君は銭さんに優しいね」と言った。そうしたら教室中がドッと湧いた。あまりの反応にこちらがビックリして「何で?」と聞いたら、誰かが「二人は恋人なんですよ」と答えた。あぁそうか。やっぱり。

 そこで陳に聞いた。「銭さんのどこが好きなの?」。陳は躊躇うことなく「全部です」と言う。教室中がまた「オーッ」とどよめく。銭はきまりが悪そうな、しかし満更でもなさそうな顔をしていました。上海の女は気が強い。対して男は優しい。料理も上手だ。(女から見て)結婚するなら上海の男と言うのが定評と聞いていましたがそれは本当。しかしこのカップル、その後簡単に壊れたらしい。と言うのは、銭の方は家が裕福なんでしょう。専科卒業後オーストラリアの語学校へ行った。一方、陳の方は行けなかった。そのうちに銭に新しい男朋友ができて、陳は振られたと風の便りに聞きました。

 語学留学のAさんの所によく遊びに来るグループがあって、一、二度誘われてAさんの手料理のご相伴に与ったことがあります。食事しながらの話の中で、学生のうちの一人が両親が離婚していると知った。何が原因かは聞けませんでしたが、聞いてみると離婚って案外多いらしい。その学生は女の子。母親と一緒に暮している。ところが男の子だと父親が離さないケースが多いのだそう。男尊女卑は中国の方が数段上。私なんかは娘は結婚しても親の所へ来ますから、息子よりも娘の方がずっといいのではないかと思うのですが。ま、それは兎も角、何で離婚が多いのか。原因は色々あるのでしょう。しかし最終的には、都会では女性が自立できるということが大きい。特殊な技能者ともなれば別かも知れないけれど、一般ワーカーだと給料面であまり男女差が無い。住まいがあれば何とか暮していけるのです。だから嫌ならサッサと別れてしまう。ただ、子供は淋しいですよね。それは洋の東西を問わない。

 ある日、校舎の前で、突然男子学生に話し掛けられた。日本語のような日本語でないような滅茶苦茶な言葉です。要は「日本人の先生ですか?」ということ。そうだ。「遊びに行ってもいいですか?」。いいよ。日ならずしてやって来ました。よく聞いてみると1年生です。話がよく分らないから筆談を交えて会話。「先生の噂は聞いています。一度話したかった」。それは有り難いけれど、こういうヤツの相手するのは大変。概して男子学生はおとなしい。しかし偶にこういう猪突猛進型がいる。相手の都合お構いなしに押し掛けてきて、或いは電話してきて、こっちの話は聞かず一方的にしゃべる。

 この学生もそう。「U先生はどうですか?」なんてことを言う。いや、正確には言っているみたい。何で? 「この前日本地理の授業で、日本海側の県と太平洋側の県と名前を間違えた。あの先生ダメ」なんて言う。こういう話になると受け答えに困る。まさか「そう。ダメなんだ」とは言えませんからね。そう言えば着任直後にも、一番優秀な学生にコッソリ「U主任の日本語はどうなんですか?」と聞かれた。あのときも返答に窮した。結局この男子学生は翌年、試験を受け直したとかで上海外語大へ移って行きました。「この大学ダメです」という一言を残して。一年生に見限られるようじゃどうしようもない。でもそれを他の教師に言っても誰も取り合ってくれない。自分の問題だという意識がないんです。

 後期。私にとっては3期目に入ったら、教室に知らない学生がいる。班長に誰なの? と聞いた。「自学習生です」という答え。正規の学生ではない。日本で言うと聴講生というんですか。正規の学生と殆ど同じ授業を受けるのだけれど、課程を全部修了しても卒業証書は貰えない。正規学生と同じ資格を得る為には、国家試験を受けなくてはならないらしい。

 最初に担当した学年にコルレスの自学習班は無かった。その下の学年、つまり私にとって二年目の学年から創設したみたいです。私は担当していないからそういうクラスがあるとは知らなかった。それが何で合流して来たのか。その班の学生が年々減って遂に3人になり、単独に教えると赤字。それで正規のクラスに合流させたということらしい。後で聞いた話。この自学習班を担当していたのは一番若い華東師範出身修士のW先生でしたが、学生が減ると教務課から予算が狂うと苦情が出るのだそう。学生が中退するのは学生の勝手。先生の責任とは一概に言えない。それを先生の責任であるかのように言われる。「心外だ」と、彼女はこぼしていました。

 教えてみますと、この自学習班の学生は案外できる。正規学生のできないヤツよりいい。いずれ国家試験を受けるつもりで頑張っているからでしょう。正規学生の不真面目なヤツに自学習生の爪の垢を煎じて飲ませてやりたかった。ただ、「遊びにお出で」と個人的に話し掛けると反応が固かった。警戒的・・・と言ってもいいくらい。何だか飼い猫に対する野良猫のような感じでした。それは偶々その学生の個性だったのかも知れません。けれども、やっぱり正規の学生に対してコンプレックスがあるのかなぁ? と、可哀想に感じました。

 自学習班って変な制度だと思います。でも、他の大学にもあるらしい。今、私、厦門にいますが、ここの厦門大学にもあります。そこの英語科や国際貿易科の自学習生が私の所に日本語の勉強に来ている。どこの大学も商売商売。金儲けにはとても熱心ですね。日本の大学も独立行政法人になったらこんな風になるのだろうか?
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