41. 主任の交替
上海駅
上海駅正面。いつも人でごった返しています。SARS騒ぎの終わり頃行ったときだけは人影まばらでした。
 後期に入ったら主任が交替した。実はここに書きませんでしたが、前期の初め、つまり私にとって2期目に入ったとき、校舎の廊下で知らない男性に「日本人の先生ですか」と声を掛けられた。「私は今期からここで教えることになったOです」と挨拶され、その後この人私の所へ奥さんに娘さんまで連れて訪ねて来た。まだ30台後半くらい。「何分来たばかりなのでどうぞよろしく」と話し方、風貌、とてもおとなしい感じ。

 洛陽の人民解放軍外国語学院から移って来たと言う。へぇー。そんな学校があるとは知らなんだ。天津の大学で日本語を学び、卒業して洛陽へ行ったのだそう。私、「軍人なら礼儀正しくてよく勉強するのでは?」と聞いた。「礼儀はあるけれど・・。ウーン」と煮え切らない反応。やっぱり勉強しないのかなぁ。「洛陽っていい所なんでしょ?」。「有名だけれど田舎ですよ」。子供の教育も考え、上師大で本科ができると聞き、オファーして幸い採用されたと、それは嬉しそうでした。でも、娘は上師大日本語科を受験して不合格だった由。うっかり「こんな所でも落ちるんですか」って言いそうになって、危うく言葉を飲み込みました。

 地方の人はみんな上海や北京へ移りたがる。手続きなどさぞ大変だったのでは?  「特別な技能がある者は許されるのです」。語学教師は技能・技術者に入るらしい。しかし、中国の人ってみんな思考の根底にお金があるんですね。「先生の給料は幾らですか?」。ズバリと来た。前に外事処副処長から「給料は他の先生に言わないように」と釘を刺されている。多分、人によってかなりの差があるのでしょう。それを想い出して、安めに答えた。そうしたら「外教ってもっと貰っていると思った。案外安いんですねぇ」と驚いていました。気のせいか、私の評価をかなり下方修正したような目付きでした。(注)中国では外国人教師を外教と言う

 帰りしな、「私が作った商務日語の本です。できたら使って貰えませんか」と本を出した。パラパラとめくってみるとやっぱり誰かの本を剽窃したような、そして抽象的で役に立たない事ばかり書いてある。一応預かって、後で使えないと断った。とてもガッカリしていました。これが訪問の主目的だったのではないのかな。

 前置きが長くなりましたが、このOさんが主任になったのです。大学日本語科卒で確か修士も取っている。U前主任と違って立派な有資格者ではあるけれど、院長は着任してすぐには無理と半年様子を見たのでしょう。それは妥当な判断。けれども、このOさんが主任になったという事実については何の告示もない。Oさんが私の所へ「ご協力をお願いします」と言いに来て初めてそれを知った。全くもう何と言ったらいいのか、内部の連絡なんてゼロに等しい。尤も、中国人教師の方には公告されていて、外教だけ蚊帳の外なのかもしれません。

 それは兎も角、その後このOさん、しょっちゅう私を訪ねてくる。何しに?  こぼしに来るんです。私に訴えても私は会議には入れてもらえない。おまけに他の教師や学生にチラッとでも意見を言うと、それが幹部に過大に伝わっている気配がある。だからこぼされても何もして上げられないのだけれど、可哀想だから我慢して聞き役を務めました。

 Oさんの話。何か問題が出る。会議を招集する。ところが会議に出席すらしない人がいる。更には出席者もみんな非協力的らしい。「そんなの勝手にやれば・・」という反応なのだそう。しまいにはOさん、「上海人って冷たい。私を田舎者とバカにしている」と言い出した。聞いている私。「うーん。そういうところ確かにあるな」と思う。私が地方へ行って「どこから来た?」と聞かれ、「上海」って答えるとみんな一瞬引く感じがする。上海人って中国の中でも嫌われている人種なんです。特性「エゲツナイ」。排他的。傲慢。ちなみにこのOさんは、河北省石家庄の人。北京のすぐ近くですから田舎でもないんですけれどね。

 話は変わります。また給料が上がった。外事弁副処長の説明によると、公務員のベースアップがあった。それにスライドして専家の基本給も上がったのだそう。これは確か朱首相の決断によるもの。汚職が増えこそすれちっとも減らないのは、一つには公務員の給料が安過ぎるから・・という判断。それで結局私の給料は2000元台からスタートして、3期目で4000元近くになった。中国の俸給生活者としては、住居費を勘案すると中の上くらいでしょうか。時間単位では上の部類かもしれません。週16時間程度しか働いていませんから。

 偶々家内の中学クラスメートで西安交通大学で私と同じ日本語専家 をしている人が同済大学に所用があり、上海へ出て来た。丁度家内が日本から来ていましたので、私の所に寄ってくれました。同じ日本語教師と言っても私は外道。この人は有名私立高校の校長まで行った人。いわば本チャンです。この人が話の合間に「給料3000元貰っています」と言った。同じ中国でも内陸部では給料が安い。彼は「私は高給取っている」と言いたかったわけ。みんな上海へ来たがるのも無理はない。このように内陸部と沿海部では給与にかなりの差があります。

 もう一つ変わったことが。2期目の終わりの頃、最初に専家担当だった女性の副処長と道ですれ違ったとき、わざわざ近寄って来て「あなたは利用していないようですけれど、専家は空港までの送迎に大学の車を使えるんですよ 。P副処長は言いませんでしたか?」と教えてくれた。それでは・・と3期目、日本から上海に到着の時、浦東空港へ車の出迎えを手配して貰った。確かに楽チンではあるけれど、外賓楼に到着してから運転手が何か物欲しげな気配。これは日本人独特の感覚なのかな?  お土産上げなくちゃいけないのかな?と感じた。でも何も用意していなかったから上げようがない。なんかスッキリしなかったので、離任のときもう一度車を使えるチャンスがありましたけれど、もう頼まなかった。自力で往来する方が気楽。私そんな車に乗ると落ち着かない。似合わないと思う。根っからの貧乏性なんです。
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