42. 人治の弊害
新しい芸術学院のビル。私の在任中は古い低層の建物でした。大学の敷地を切り売りしたお金で建てたのでしょう。
 
 「35.出鱈目と気楽さ」に書きましたが、どうも中国の大学では学長に権限が集中しているらしい。他の大学のことを知らないのに、そんなに簡単に決め付けていいのかと言われると、私もチト困る。少なくとも上師大ではそうらしい・・・と訂正しておきます。

 日本では公立なら学長は研究・教育部門の頂点。事務職員や施設や予算の管理は管理部門の長が取り仕切る。私立だと学長と理事長と頭が二つある例が多い。この両方を一人が兼ねると兎角問題が起きる。相互チェックが効かないからです。上師大の前の学長が1200万元もの公金を詐取されたなんてことは我々日本人には到底信じ難い事例ですが、そういう椿事が起こるのも、結局は相互チェック制度がないからです。

 もう一つ、これも独裁の弊害と言える例がありました。知り合いの芸術学院の先生。滞日8年の経歴を買われて日本の諸団体との交渉役を委嘱されることが多い。問題が起きたのは名古屋大学との交流事業。上師大の管弦楽団が名大に招待され、演奏会を開催することになった。どういう経緯で話が持ち上がったのかは聞いたような気もしますが、もう忘れました。ともあれ会場も決まり、名大ではポスターも切符も印刷した。最終段階で同行する学長に確認に行ったところ、「名古屋以外にはどこへ行くのか」と聞かれた。

 「今回は名古屋だけです」。「ボクは名古屋は行ったことがある。他の都市に回れないのか」。「もう今からでは調整できません」。「それなら中止しろ」。「エッ !」。「ボクは行かない」。その一言で全部ご破算になっちゃった。その先生、名大にどう言い訳したらいいのかと頭を抱えていました。私、「学長抜きでは行けないんですか?」。「学長の許可なしには動けない。それより何よりサイン貰わないとお金が出ないんですよ」。それじゃどうしようもない。

 それ聞いたときは、文字通り「開いた口が塞がらない」という感じでした。学長ともあろう者が信義を知らないのか。それじゃそこら辺のチンピラ共とちっとも変わらないじゃないか。学問とか教養の効能の一面は、人間は万能ではないと知ることじゃないか。しかし教養が身に付いていない人間は権力を握ると自制を忘れる。或いは権力が人間をスポイルするのかもしれない。或いはまた、教養が無い人間だからこそ、権力の座に辿り着けたのかもしれない。

 最近中国では「人治から法治へ」と盛んに言うようになりました。これを見ると問題意識は持っているようですね。しかし、法治には人の意識だけではなく、制度も変えて行く必要があります。上に書きましたように、権力集中=独裁が許されるようでは、法治なんてかけ声だけで、実効を上げることは不可能です。その辺が分かっているのかな? と、私なんか半信半疑で見ております。

 同じ系統の話を続けます。前編「主任の交替」に書きましたように、私の給料は毎期アップしました。それは有り難いことでしたが、一つ不満が残った。外事処から私、一度たりとも待遇の根拠になる公文書の類を見せられたことがない。日本でしたら、例えば「何号俸何等給だからこれだけ」と決まりがあると思うのです。ところがこちらでは、ただ口頭で説明されるだけ。そして「他の人には口外しないで下さい」と言われる。分割統治の手法ですね。ですからつい、外事処は適当にやっているんじゃないか・・なんて勘繰りたくなる。これは「下司の勘繰り」でしょうか。

 同じく渡航費の問題もありました。日本からの飛行機代です。最初の期は遠慮していた。突然飛び込んできた嬉しい話でしたから。次第に慣れてきて、外賓楼の他の外教に聞いてみるとみんな貰っているらしい。私は貰っていないと知ると、彼らは「そりゃ君、交渉すべきだよ」と言う。それで2期目に入ったとき、外事処副処長に要求した。そうしたら「期に入ってから言われたのでは予算化していないから無理だ。この次の期にしてくれ」と断られた。

 その次の期に、これが最後の期でしたが、やっと片道分の飛行機代を呉れました。1年で1往復分なんだそうです。ついでに言うと、この期になってやっと契約書を書いてくれた。書くと言ったって、印刷されている書面に名前と給料の額などを記入するだけ。何で今まで作って呉れなかったのかが不思議。おそらく面倒くさかったのでしょう。そうとしか考えられない。

 しかし、このように言わないと呉れないというのはおかしい。専家には本給幾ら、渡航費1年に1往復分と決まりがある筈。提携大学から派遣の場合は大学同士でキチンと細部にわたるまで契約しているのではないか。そういう人は安心。ところが私の場合は個人。力関係が弱い。黙っているとナアナアにされてしまう。こういうのも人治の弊害の一つだと思います。

 まぁこういう不満はありましたが、楽しいこともありました。毎期、日帰り小旅行や観劇に招待してくれた。また毎期、旅行費として1100元の支給があった。何かバカに半端な数字で、最初の副処長も説明するとき「こんな金額じゃ不足でしょうが・・」と恥ずかしそうでした。でも気を遣ってくれているという印象は受けましたね。

 福州路に逸夫舞台という劇場があります。ここで京劇「孫悟空」を見た。大学の招待です。言葉が分かりませんから細部まではとても理解できない。でも京劇の華やかさを十分満喫しました。主役は言うに及ばず、端役に至るまで芸の見事なこと。忘れ難い想い出です。外事処にはそういう面でのホスピタリティーはありましたね。
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