5. 授業をしてみると-1
教室
外国語学院の教室。狭い。着任当時は黒板がボコボコでした。これは最近の写真です。
 さて、授業です。何をどう教えるか。作文については日本を出るときから、大野晋先生の「日本語練習帳」(岩波新書)を使うと決めていました。「漢語の勧め」。「長い文を書くな」。「<は>と<が>」。この本は当時、出版されて間もないのに150万部も売れて、ベストセラーになっていました。私自身が読んで納得がいく。全くそのとおり・・・なんて言うのは僭越。さすが一流の先生のご著作だけあって、説得力があると感銘を受けたのです。長さも適当。ただ問題は、中国では生徒一人一人にその本を買わせることが出来ない。中国で出版されていませんから。そうかと言って、私が60人分を買って持って行くこともできない。仕方がない。著作権法違反と知りながら、コピーすることにしました。

 そのコピーですが、これがまた問題。外賓楼にU主任が打ち合わせに来たとき、コピーはどうするのかと聞いた。東部に印刷室というのがある。そこに頼むのだと。そこへ連れて行ってもらい係の女性に紹介してもらいましたが、何と何と一週間前に発注しなればならないのだそう。それじゃ当分授業ができない。そう言ったら、じゃ今回だけ特別早くしてくれるということになった。印刷機はリソグラフを使っていました。

 日本事情は新聞の切り抜きをたくさん用意していった。だからタネには困らない。コピーしても新聞なら著作権法違反にはならない(と思う)。その点気が楽。ただ、始めた途端に分ったことですが、記事に写真が入っているとコピーが難しい。写真の黒の部分にインクを取られ、字の部分が薄くなる。だから写真は入れないように・・・と言われた。全く予想もしなかったことがいろいろ出て来ます。

 商務日語。これはU主任が打ち合わせに来たとき、自分が使っていたというテキストを持って来た。良かったら使っていいよ・・と。パラパラとめくってみると、まるで空疎。商業はどういうものか、工業はどういうものか。抽象的なことばかり書いてある。著者は中国人。そう言ってはなんですが、中国で出版されているこの種のテキストには、日本の書物の部分部分を翻訳し、パッチワークと言うんですか? 継ぎはぎしたものが多い。助教授(中国では副教授と言う)になるには論文が年に何本、著作が何冊。教授になるには博士号を取り、更に辞書を1冊作らなければならないと決められているのだそう。それで、手っ取り早く本を出すために日本の書物を翻訳する。しかしいくら何でも丸写しでは問題になる。そこで、いいとこ取りというのか、部分取りをするわけです。日本の先生方の間でも時々盗作が問題になるくらいですから一概に中国だけを非難できませんが、やはりこの国はそういう点まだまだですね。

 それじゃどうするか。最初の授業は経済関連の新聞記事を元にしてやり、その中で学生の希望を聞いてみました。私は約32年間銀行員だった。経済のことなら、深くはないが広く知っている。どんなことを勉強したいの?  すると、貿易を勉強したいと希望する者が多かったのです。ならば・・と、日本から用意してきた「ビジュアル貿易・為替の実務」という本をテキストにすることにしました。これもコピーですね。良心が痛むが止むを得ません。

 授業を始めてすぐ分ったこと。基礎学力がない。中国人はみんなそうですが、ここでも助詞が正しく使えない。しかし学者になるならともかく、会社に就職する程度なら助詞が違っても大した支障にはならない。日本人の方で察しがつきますから。でも自動詞、他動詞の使い分けができない、受け身文が書けない。これは如何なものか。一番の問題は、例えば「この前先生はこう教えたよ。憶えていますか?」と言うと、「はい憶えます」と答える。動詞の「て形」が使えないのです。「て形」が使えなきゃ、まるで日本語になりません。これは問題。一体全体、2年間何を勉強してきたのだろう。

 1カ月くらいしてから、日本の中学生用文法参考書などを元に、簡単なテストをやってみました。大雑把に言うと、まず問題ないというレベルが2班で20%。1班で10%程度。100点満点で20点取れないのが2班ではゼロ。1班に5人もいた。成績下位の生徒は大体、不規則動詞「する」「くる」の変化が書けない。いやいや。これで日本語科の学生と言えるのだろうか。これには少なからぬショックを受けました。

 私の頭には何年か前にNHK・TVで見た北京大学生のイメージがある。全国統一試験で優秀な成績を収めた子が草深い田舎から出て来る。勉強勉強また勉強。夜は11時まで教室に電気が点いている。真冬の寒い中でもそこで本を読むんですね。勉強と言ってもどうも暗記に偏り過ぎていると疑問が残りましたが、とにかくよく勉強する。中国の大学生はみんなそうだと思い込んでいた。ところがどうも、ここの学生はそうじゃなさそう。

 それと、蟻を観察しているとよく働くのが20%で、適当なのが60%、働かないのが20%。よく働くのを取ってしまうと、下からスライドしてまた同じ比率になる・・・という話を想い出しました。大体そういう感じになっている。ただ、2班と1班にはかなりの差があった。それは何故なのだろう?
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