6. M先生の話
外賓楼への曲がり角
この道の左奥に外賓楼があります。この緑地は日曜日になると家族連れの外部の人で賑わいます。
 日本語科にはもう一人Mさんという日本人の先生がいらっしゃいました。商社駐在員の奥様です。某国立外語大学中国語科卒。高校の国語教師をしていらした。ご主人は大学の同級生。ご主人が北京在勤のときは北京外語大で日本語を教えておられたとか。ベテランの方です。上師大では2年生を受け持っていらっしゃいました。以下は私の着任後、そのM先生からお聞きした話。文中の「私」はM先生のことです。

1.(古代人の)前任者について
 この方も前歴高校教師だったけれど、教師は教師でも国語ではなく、社会科の先生だった。この方の奥さんが上海で働いていらして、旦那の方が奥さんにぶら下がって中国へ来ている感じだった。私は一度この奥さんとU主任が話している場を見たことがある。見事な中国語を話していた。もしかするとこの奥さんは日本人じゃないかも知れない。前任者の病気は癌。前から顔色が悪かった。手術するからと、その方が辞職されたのは昨年の6月だった。

2.U主任について
 新学期は9月からです。3ヶ月あれば後任の先生を探せたはず。にもかかわらずそれをしないで、「チョットの間我慢してください」と二人分の仕事を私に押し付けた。週に20時間以上の授業を持たされて、それが1学期続き、私は死にそうでした。大体このU主任という人は無責任な人で、給料を毎月キチンと呉れたためしがない。お金のことを言うのはとても嫌なのに、喧しく言わないと呉れない。

 更にひどいことに、一昨年かの夏休みに先生方のロッカーを全部新しいものと取り換えた際、私に一言の連絡もなかった。ロッカーの中には私の辞書が入っていた。辞書ごと出してしまったのです。いない人のロッカーを処分する際は一言連絡するか、合鍵で中を点検するのが普通じゃないか。この人にはそういう常識がない。

 そもそもこのU主任という人は、元は上師大の電気関係のメカニック(補修などをする人)だったらしい。大学卒ではない。何でも日中国交回復か何かで急に日本語教師が必要ということになり、上海外語大かに速成講座が開設された。そこへ、本人が希望したのかそれとも押し付けられたのか不明ながら、入学して日本語教師に変身したのだと聞いている。

 <古代人の質問>何でそんな人が主任になっているのですか?
 前はL先生という人が主任だった。でもこの人は短気な人で、院長と喧嘩して主任を辞めた。その後をこのUさんが最古参だからということで襲ったらしい。
 この人はそんな履歴だからでしょう。外部との交流を一切しない。他大学日本語系合同研究会の呼びかけがあっても、全部握りつぶして、他の先生には知らせないのです。

3.上師大と日本語科について
 <古代人の質問>ここの新入生は全国統一試験を受けて入って来るのですか? 
          つまりここは国立
大学なのだろうか? という意味です。
 そうだと思いますけど。
 <古代人の質問>それにしては学生のレベルが低いように感じます。
 今あなたが教えているクラスは過去最低のクラスだと、他の先生も言っていますよ。
 <古代人の質問>日本語科の歴史はどれくらいですか?
 まだ5,6年にしかならないようです。そのせいか、中国人の先生方も主任を初めとして、どうも前歴のハッキリしない人が多い。元小学校の教師とか、日本の民族学博物館で博士号を取ったとか。そんな所で博士号出しますかねぇ。前主任のL先生も東大で修士を取ったと言っているけれど、ここでは採用のとき証明書を取っていない。だから本当かどうか分りませんよ。

4.非常勤と専家について
 <古代人の質問>M先生の方が私よりもベテラン。どうして専家にならないんですか?
 あなたの前任の方が辞めたとき、U主任から「代わりに専家になりませんか」と言われましたけれど、専家になるには外賓楼に入らなければならないのだそうで、私はそれはできないので断りました。その辞めた方は奥様がいらっしゃるのに、別居して一人で外賓楼に住んでいらした。とても外賓楼がお気に入りのようでしたよ。

<古代人の感想>
 専家待遇と外賓楼入居がリンクするというのは不可解。また、ここの学生がどういう入試を通って来るのかもよく分らない。けれども、その他の事は大変参考になりました。特にU主任の素性を知って、さもありなんと納得。何を聞いても答えが無いか、答えが有ってもアヤフヤ。ピシッとしないんですよねぇ、この人。前任者が病気で倒れたときも、素早く動けばM先生のおっしゃるとおり、新学期までに後任は見つかったと思う。もし私の所へ話が来ていれば、私は遊んでいたから二つ返事で引き受けていた。ともあれ、1学期もの間、本当にM先生は大変だったろうとお察ししました。
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