02.10.09  民俗文化村
円楼内部
1階が厨房兼食堂。2階が食料庫。3、4階が寝室。円楼、方楼共に構造はみな同じです。

 降りた所は整備された広場。案内所やトイレ、宿泊所などがある。しかし、見渡したところ観光客らしい人影はない。閑散としている。「混んでいるのでは?」という心配は杞憂でした。なお、ここは地名で言うと湖坑地区のようです。

 そこへ男が寄って来た。客引き。広場の前に何軒か旅社と看板が出ている。自分で探せるから「不要」というが離れない。しょうがないから案内させた。裏通りへ連れて行かれた。真新しくてモルタルの匂いが充満している部屋だったり、階段テクテク上る五階だったり、バスルームが汚かったり、4軒ほど歩いたがどれも気に入らない。言い値は50元から30元。どの宿にも客はいない。そこで客引きを振り切って広場のまん前の旅社に入り、50元と言うのを20元に値切り倒してここと決めた。客引きが入らなければ安くなるのだ。

 バスルームは別室だが、お湯が出る。早速シャワーして食事。2菜に炒飯、ビール1本で15元。部屋の仇を食事で取られた感じ。またまたさっきの男が現れ、門票を20元で買えと言い始めた。そんなのは明日だと追い払う。

 一服して土楼見物に出る。日が暮れて外は真っ暗。街灯が殆ど無いのです。どうするか? と思う間もなくまたさっきの男が現れ、バイクを指して案内すると言う。足元見えない所を歩くのは心細い。しょうがないからこれに乗った。まず振成楼。大きい円楼でなかなか立派なものです。

 次いでバイクでかなり走り、ここが最小という円楼へ。何かオンドルみたいな焚き口に火が見える。何だと聞いたら、柿を乾かしているのだと。速成干し柿ですね。厦門大学の1年生だという男がいて、いろいろ質問(筆談)に答えてくれた。姓は林。この一帯はみんな林で3000人強住んで居るとのこと。林則徐と書いたら、軍士家だと言う。軍人ということでしょうか。日本にも林海峰という一流棋士がいるよと書いたが、これには反応なし。

 帰ろうと腰を上げたら、横に居たばあさんがあれ買えこれ買えとうるさい。タダで見せて貰っているんだから何か買わなきゃいかんかな?と思ったけれど、魅力のある物は何もないから、悪いけど断って外へ出る。

 宿に着いたら男が「20元くれ」と言う。「高いじゃないか」。「門票込みだ」。「門票どこにある」。「明日持って来る」。「じゃ早朝持って来い」。ということで、20元と引き換えにやっと男は消えてくれました。私、これくらいの会話なら出来るんです。でも門票代こみなら現物と引き替えに払うべきでした。

 さて、翌朝6時起床。7時行動開始。あいにくの雨の中何軒か土楼を回りましたが、規模の大小問わず皆、構造は基本的には同じ。1層が厨房兼食堂。2層が食糧庫。3層が寝室。真ん中にある祖廟と言うんですか? あれが大きい楼のは立派。小さいのは貧弱という程度の違いしかありません。そして、どこの楼でも物売りに熱心。漢方薬の材料からDVDまであります。博物館を除き、どこの楼もタダで入れます。宿泊もできます。昨夜の男は遂に現れませんでした。

 雨では観景台まで登って写真撮ることも叶わず、早く帰ることに。8:10発のバスが満員で乗れず、9時発の厦門行直行バス。岩橋@蘇州さんが大好き?な小型バスです。これは辛うじて車掌の席に座れました。料金は30元くらいでした。

 永定の方向に走るのかと思いきや、反対の方向、つまり山奥へ入って行く。すぐに土楼が沢山ある所を通りました。旅線路図によると高北土楼群。承啓楼という門標が。これ確か、日本のTVで見た記憶がある。この後、南靖市街へ出るまで山中を約3時間走りましたが、粗密の差はあるものの、土楼群は途中まだ何カ所もありました。

 帰途痛感したこと。福建は山また山。峠を幾つ越えたか。道が悪い。首の骨が折れそうでした。方言が158あるそうです。こんなに山ばかりでは無理もない。また、人皆すべて外国へ行きたがる。これも無理からぬことと、納得が行った旅でした。

 南靖市街から厦門まで猛スピードで更に1時間。小型バスは終点が輪渡(コロンス島への渡船場)。市内に入ると途中どこでも乗り降りできるタイプのバス。後日このバスの時間を調べるべく輪渡まで行きましたが、その辺の誰に聞いてもこのバスのことは分かりませんでした。

 なお蛇足ですが、永定の町の近くに「風城温泉」という温泉があるそうです。源泉の温度70度とか。一度行ってみたいものです
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