09.03.16 諸葛八卦村
池のほとり
村の中心の池のほとり。
八卦については末尾(注)をご覧下さい。
  2月24日 (曇)

 蘭渓の宿を出て諸葛八卦村(諸葛孔明子孫の村)に向かいます。あまり遠くない。当たり前。その為に蘭渓に泊まったのだから。

 公道から村まで500米くらい入るんですがその道がよく整備されている。石板がビッチリ敷き詰められているんです。そう言っては何ですが、中国ではかなりの施設でも大体がどこか壊れていたり凸凹していたり、満足な状態ということはあまりない。しかし、ここはしっかりしている。「あれ?ここは余所とはちょっと違うようだな」という予感がしました。

 ゲートに着きました。仰々しい門が無い。鉄柵があるだけ。駐車場は芝生で綺麗。門票処も質素。門票が50元だったかな? 60歳以上は25元。良心的です。ただし、年齢確認は厳格でした。
丞相祠堂
村に入ると先ず池があり、その畔に丞相祠堂。これはなかなかの建物。
丞相像

 歩いている内に、この村はゴミが落ちていないと気がつく。そして、古い物をそのまま残すように努めているな・・と感じる。例えば昔の警察署の址。建物の壁に青天白日旗が消されずに残っていました。(写真左下)
青天白日旗
 向こうから天秤棒に桶を掛けて歩いて来る女性が。「馬桶?」と聞いたら「ウン」と恥ずかしそうに頷いて去って行った。馬桶を初めて見たのは永定の土楼でだった。今回2回目。今どき珍しい。(写真右)
馬桶
 今まで見た古鎮では、古鎮とは言っても所々に今風の建物があった。日本の話ですが、重要文化財なんかに指定されると改築は勿論、改修もできない。不便で困ると聞いている。中国人だって同じだろうと思いますが、ここの村民はその不便に耐えているようです。新築の家は一軒もありません。

 小さな岡の上に薬草園。ここから周囲を見ると幾つかの岡が村を囲んでいる。村内の要所の壁には特異な図が描かれている(写真左)。通訳として連れて来ているM氏に試みに「あれ何?」と聞いてみた。M氏は知らない。村人に聞いて「八本の道だそうです」なんて頓珍漢なことを言う。日本人の私にだって八卦図だなと分かるのに。
八卦図
 村の「簡介」にこうあります。<前略>諸葛村的整体格局是精陰陽堪與之術的諸葛亮第二十七世孫諸葛大獅按九官八卦設計布局的。<後略>。
家並み

 八卦って日本では当たるも八卦当たらぬも八卦。即ち占いと理解されていますが、まぁ中国人が好む風水みたいなものでしょうか。「八卦に基づいて・・」確かに放射状に八本の道があり、適当な間隔で幾つかの池が配置されている。これは生活水道ですな。周囲の岡は多分防塞のつもり。ここは自然発生的にではなく、それなりの、今風に言えば都市計画に依って作られた村のようです。

 諸葛亮孔明子孫の村はここだけではないんですね。「簡介」にこうあります。諸葛八卦村<中略>是我国傑出的政治家、軍事家、蜀漢丞相諸葛亮嫡伝后裔的最大聚居地、村中現居有諸葛亮后裔近4千人、<後略>。幾つかある後裔の村の内、ここが一番早く観光村として売り出して成功したということでしょうか。
老人達1
 村中心部の池の畔の茶屋。老人が一杯。何をしているか。お茶を前に置いてTVを見ていたり、麻雀やっていたり。どうやら終日そうしているらしい。
老人達2
 日本の後を追って中国でも急速な高齢化が進行している。でも同じ老人でもこちらの老人の方が日本の老人より楽しそうに見えます。そりゃ一人一人に聞けば、それぞれ不平不満はあるでしょうが。

 しかしこの見た目の違いは一体何処からきているんだろう? 考えてみれば、そもそも日本では老人が毎日無目的に集まる場なんて殆どない。老人ホーム以外には。日本ではムラが崩壊し、三世同居なんて家庭は珍しくなった。対してここにはコミュニティが厳然と存在している。村中殆ど同姓なんだろうし助け合いもあるだろう。その違いではないでしょうか。
池のほとり2
村中の大公堂に「誡子書」なるものが掲げられてあった。孔明の遺訓のようです。察するにここの人達は遺訓を良く守り、孔明直系子孫の誇りを保って生きているのでしょう。
犬の店番
 土産物屋の売り子も餐庁の呼び子も、こちらが店頭に立てば声は掛けるが無理強いはしない。中国では珍しい感じのいい古鎮でした。

 行き方ですが(以前ここで何方かにも教えていただきましたが)簡介に「上海、杭州、南京、無錫等各地遊客可乗火車到金華、・・・」とあります。鉄道で金華まで行き、金華から公共バス利用が最善ということでしょう。

 このあと常山から開化。開化から新しい高速道に乗り江西省{務+女}源(wuyuen)経由景徳鎮に泊。本日の走行距離298km。
(八卦) はっか。「はっけ」とも読む。陰交--と陽交―の二元を重ねて三交の卦としたもので、乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤の八卦をいう。伝説上の中国最古の帝王伏義が天文地理を観察して作ったと伝えられているが、これを重ねると「易経」に示されている六四卦となる。この八卦が天地万物の象徴を示すとするが、その象徴の主なものは天地・家族・徳目・方位である。(大日本百科事典)
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