1.  初めての中国
揚子江
揚子江の河船。鎮江→揚州へのフェリー上から。

 1998年8月25日。バンコック午前3時発のMU(中国東方航空)548便は黎明の上海空港に到着。着陸直前機窓から見えた風景は、よく耕された緑濃い畑、池、二階建て長屋風集合住宅。中国第一の大都市近郊とはとても思えない牧歌的な田園風景でした。まわりの風景もそうなら、空港もまたどことなく田舎風。2階建て。中国風を極力避けて近代的にと考えたのかもしれないけれど、これといった特徴もなく、建物の作りも何となく薄手な感じです。

 早朝のこととて空いています。入管をスイと通り、カートに荷物二つ(キャリイバッグとリュックサック)を載せて税関へ。NO−DECLAREのゲートは無人で、大きく開放されています。今まで回った諸国でこんなに開放的だった空港はなかったなぁ。「本当にこのまま出ちゃっていいのかな?」。DECLAREカウンター前で3、4人の職員が立ち話をしているから、わざわざそこまで行って「OK?」と聞いてみました。私は貧乏性なのです。相手はけげんな顔をして「何か申告があるのか?」と言う。「ない」。何もないなら行けと、出口に向けて手を振る。社会主義国にしては随分開放的ですね。もっとうるさいかと思っていた。拍子抜けしました。

 出口の正面が駐車場。そこに出迎えのSさんと小柄な男が一人。Sさんとは鎌倉で一度会っています。男はO氏。Sさんの部下。早速彼らが乗ってきた車に乗り込みJ市へ向かいます。彼らはJ市を朝3時に出たそう。これからまた4時間かけて戻る。往復8時間。こちらもハードな旅ですが、相手も仕事とはいえご苦労様です。

 何で遠回りしてバンコックから飛んだか。折しも夏休みシーズン。東京→上海のチケットがオープンだとなんと8万円。渡航費が支給されないボランティア。こんな高い飛行機には乗れません。そこで昨年バンコックで買ったオープンの復券を使ってバンコックへ飛び、バンコックで上海行きを4万円(1年オープン)で購入。これなら取り敢えず現金支出を半分に抑えられます。尤も帰りにはまた、バンコックで東京までのチケットを買わなくてはならない。最後の尻まで考えれば結局、同額かそれ以上になるんですけどね。まぁしかし、帰りは帰り。それはまたそのときに考えよう・・・ということです。

 車はサンタナ。上海・南京間約400キロを結ぶ高速道路をひた走る。植栽の木が細い。完成してまだ間がないようです。前夜は真夜中2時半の搭乗だから睡眠不足。前の助手席でSさんが眠っている。それを見ているうちに、いつの間にかこちらも眠ってしまいました。O氏の声で目が覚めた。トイレ休憩だという。車はパーキングエリアに。休憩所は白大理石の壁に金文字、屋根は三角のガラス張り。縁は赤や青で塗ってあって「どうだ。モダンだろ!」と力み返っている感じ。しかし形といい色といい、日本人の目から見ると何とも珍妙な建物です。でも、試しに入ってみたトイレは案外清潔でした。

 時刻は11時過ぎ。空港を出たのは8時半。もう3時間近く走っているのに、まだ先は長いそう。早々に出発。上海を出る時から曇っていたけれど、何やら雲行きが怪しい。空は真っ黒。蒸し暑い。ポツポツと大粒の雨が降り出し、アッと言う間もなく土砂降り。忽ち前が見えなくなって車は徐行せざるを得なくなる。時に稲妻が走り雷鳴が轟く。いやはや、大陸の雨はさすがにダイナミックです。

 上海からずっと周囲は真っ平らでしたが、地形に多少起伏が。雨も上り、雲の切れ間から日も差してきた。「間もなくJ市です」とO氏。高速道路を外れる。回りは一面の畑。走行車両は少ないのに、料金所は東名高速の東京ゲート並みに大きい。土地が広い強みですね。料金所からまた3キロも走ったかな。やがてプラタナスの並木道に。広い葉が鬱蒼と茂り、陽光を遮ってまるでトンネルのよう。市街です。「うーん。なかなかよいではないか」と感心しているうちに、道幅が片側1車線から3車線に広がり、街路樹がなくなった。市の中心部らしい。車を降りて、目抜き通りに面したレストランで昼食。天井は高く、内装は真新しい。明るい。案外都会的な造りです。

 「私は小食ですから」と断ったのに、次から次へと皿が出てくる。SさんもO氏も運転手も揃ってあまり食べない。結局、全部平らげたのは豆腐料理一皿で、後はおざなりに箸をつけただけ。こちらは案内されている身。言われるままについて行っただけなのに、神ならぬ身、後日この食事が問題になるとは知る由もありません。
 再び車に乗り、どこをどう走ったか。いずれにせよいくらも走らないうちに、「ここです」と宿の前に到着。日本でいうと公団住宅風のマンション。その3階の1画に案内される。中に入って驚いた。広いのなんの。DK、バスルームを入れると7室もある。真ん中のリビングは14〜15畳くらい。内装も立派。「私一人には広過ぎますね。どうしてこんな所に?」と聞いたら、Sさん日本語でいわく、「公安がここならいい・・と言った」。 宿舎

  Sさん時々思い出したようにちゃんとした日本語を話します。そうか。外国人の居住には許可がいるんだ。そういう知識はありました。しかし、現実に自分の身にそれが起きて、改めて「なるほど」と思う。続けて「3階だし、窓に鉄格子もあるし・・」。これは片言と身ぶりです。すると居住許可条件の第一は防犯なのか。こりゃ考えようでは、公安自身が治安が悪いと認めているようなものだなぁ。

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