10.  開講準備  朝6時半には目が覚める。1階下の家のベランダで鸚鵡を飼っていて、こいつが早くからかん高い声を出す。また、こいつの餌を狙って雀がいっぱい集まる。だからうるさくて寝ていられない。

 食事のメニューは滞在5か月間、殆ど変わらなかったですね。下に書き出してみます。なお最初8百元と言われた食費は、Sさんが「交渉して1か月7百元にしてもらいました」と言う。一般家庭の生活費が月1千元と聞いている。それと比較すればどう考えても高い。首を捻っていたら、Sさん曰く「T先生は病気になって死んだ。私たちは先生の健康に責任がある。大家さんは栄養を考えた食事を用意するから7百元は高くない」。Tさんの死因は肺癌と聞いています。食事が悪かったから発病したとは考え難い。しかし外食するのも面倒。それで止むを得ず承知しました。

・朝食   1. 包子(パオズ)かシュウマイかパン。日替わりで出てくる。包子は地方に
        よってはマントウと言うのかも知れない。中身は炒めた野菜
。ニラだった
        かな。シュウマイは日本の焼売とは違う。形は包子に似ていて、中に餅
        米または肉まんの身みたいのが入っている。大きさも日本のそれの倍は
        ある。パンは食パン。ジャムを付ける。
             2. ゆで卵  1個
             3. 牛乳  コップ1杯      脱脂牛乳みたいでした。

・昼食      1. ごはん  飯茶わん1杯    食べ切れないので8分目に減らしてもらった。

             2.  スープ  小丼1杯        卵と野菜、特にトマトが多かった。

             3.  お菜    3皿      (肉または魚1、野菜2。どれも煮物、または炒め物。
                      必ず油を使っている。味は甘め)。

・夕食      昼食と同じ献立。ただし、3.お菜のうち1〜2品は新しく料理したもの。 一般
      家庭では夕食は昼食の残り物を食べる習慣の由。
肉は豚または鶏。魚は
      太刀魚または鮒科の魚。野菜は種類豊富。この他、ときどき季節の果物。

 朝食は7時頃、大家さんがダイニングルームに持ってきてくれる。これは6畳くらいの広さで流し、ガスレンジ、電気湯沸かし器、食器戸棚、食卓付き。あとから冷蔵庫と電子レンジを設置してくれた。財源は家賃収入でしょう。

 食事に平行して洗濯。洗濯機は市政府の方で買って持って来た。洗濯物を干して
9時頃
出勤。役所は始業8時半。Sさん初めスタッフは、出張でない限り全員揃っている。

 授業には50音図が必要です。市販の物もあるけど、これは小さくてダメ。大きい紙を買ってこさせ、先ずローマ字から始める。これだけで1日かかる。マス目を何センチにするかを計算。次いで線を引く。机が狭いから時間がかかるのです。

 11時半になると皆家に帰ります。昼食と昼寝のお時間。郷に入らば郷に従え。私も帰る。その時刻、道路は自転車の川です。歩道がある所はいいけれど、ない所では後ろから来る自転車が危ない。こちらのスレスレですり抜けようとする。後ろには目がないから、ちょっとサイドステップすると後ろからドンとぶつかられる。

 大体12時頃昼飯が出てきます。これを食べて食器を返しに行くと、大家さん夫婦に娘達の家族が集まって食事中です。娘は3人いて、みんな既婚でそれぞれ子供が一人。上の二人が近所に住み、末の一人が大家さん夫婦と同居。それぞれの亭主も子供も来ているから大勢です。テーブルに座れない者は立って食べている。食事の作法なんてないんですね。洗面器みたいな大鍋に盛ったお菜を箸で取り、ご飯の上に乗っけてせっせとかっ込む。私の顔を見ると大家さんの奥さんが「来了来了!」と叫んで立ち上がり、こちらのお盆を受け取る。私が「謝々」とか「好吃」と一言言うと、みんな喜んでドッと笑う。

 それから寝室で昼寝。寝室は8畳くらいの広さで、真ん中にクイーンサイズのベッドがドンと鎮座。シャープのエアコン付きでしたが、これは冷も暖も余り効かなかったな。シャープといっても上海かどこかの工場で作っている製品です。

 午後は2時から始まる。また自転車の波を縫って出勤。事務室は2室。一つにSさん達外事処の人。廊下を挟んで向き合うもう一つに私と小Xと小Zという女の子。中国人が入れ替わり立ち替わり現れる。R氏とL氏が二部屋に分かれて応対。中国語だから何を話しているか私には分かりません。

 毎日そんな風なので、R氏に来客の用向きは何か聞いてみました。一つは私の日本語学級の申込者。これはそんなに長居しない。親などが付いて来て長々と話し込んでいるのは、日本へ就学したい連中。なぜ親が付いてくるかというと、お金がかかるから。一体いくらかかるのと訊ねたら「取りあえず渡航費、入学金その他で160万円かかる」という。ざっと11万元です。一般の中国人にとっては途方もない大金。そんな大金払えるのかな?と疑問に思ったものの、余りの盛況だから「商売繁盛で結構だね」と冷やかしたら、R氏「えぇ、まぁ」とニコニコ顔でした。

  ローマ字の次は平仮名。次いで片仮名と50音図を作る。線引きから字書きまで全部自分でやっていたら、見ていた小Xが「私がやります」と言い出した。それではと平仮名を任せたら、マス目が一段足りなかったり、字形がおかしかったり。例えば「た」の斜め棒をバナナのように反らす。「り」は箸が二本立っている。結局私がやり直すことに。殆ど役に立たないアシスタントです。

 開講まであと数日となって、何人申し込みがあったか聞いてみたところ、中級が15名、初級が20名。教師としては適当な人数だと思う。そう言ったら、合計40名来ないと採算が取れないから困ると言う。それを聞いて、やっと開講を1週間延期した理由が分かりました。9月1日時点の申込者はほんの僅かだったんでしょう、きっと。「でもここまで来たら40名に達しなくても開講します」とSさん。

 私はいろいろ思い違いをしていたんですね。鎌倉で「教える対象は市の人ですか?」と質問した。こちらは市の人=市の職員という意味で、市職員の研修と考えていた。Sさんは市の人=市民という意味で「そうです」と答えたんです。説明会のとき、日本語学級修了者の何割かを「就学または就労目的で日本へ送り込みたい」と聞かされて嫌な感じがした。しかし私が教えることは事前準備にはなるけれど、直接送り込みを手伝うわけではない。自分をそう納得させはしたものの、このクラスが独立採算志向、つまりは営利事業だとは思ってもみなかった。これはちょっとショック。しかしここまで来て帰るわけにもいかない。やるしかない。それにしてもどうも市が営利事業をするということ、更には市とR氏の関係がよく分からない。そういうすっきりしない心境のまま、開講日を迎えることになります。

 ここで、中国の行政単位と公務員の職制について説明しておきます。日本では都道府県、郡または市、町、村の順ですが、ここ中国では省または北京・上海などの直轄市、市、県、鎮、郷の順です。市は日本の県に相当する。だから市長というのは県知事に相当する権力者です。ただ日本と違い任命制です。L氏に「任命権者は誰?」と聞いたが、よく知らないという返事でした。私の推測では省党委員会ではないか。主任というのは局や部の長です。ここの主任は日本なら局長ということですね。これはたぶん市長が任命するのでしょう。

 もう一つ。市政府も国営企業も幹部は殆ど共産党員です。党員でないと偉くなれないらしい。その共産党員になるのは難しいのか。いっぺん誰かに聞いてみたかった。けれども政治的な話はするなと釘を刺されているので、遂にその機会がありませんでした。しかし後に私が生徒に密告されて、そのことから誰でも簡単に党員になれるのではないと知りました。共産党に入りたいのなら、党を助け党幹部に好感を持たれなければならない。その手段の一つに密告があるということのようでした。

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