14. 生徒との交流-1  故T先生はたいへん優しい方で人気があり、休日遊びに来たいという生徒が多くてその整理に困ったと、これは鎌倉でのSさんのスピーチ。私は優しくないからそんな目に会うことはあるまいと思っていましたが、到着早々から結構訪問客が来る。その二、三を紹介します。

 1)Y女史
 説明会で日本語の上手な女の子に出会いました。入学希望の姉の付添で来ていた董卉(以下小卉)。上海復旦大学院生。その姉がY。職業はJ市師範学校の先生。説明会の二日後、二人連れで私の短波ラジオを調節に来てくれました。なるほど小卉が触ったらNHKが聞こえるようになった。そのお礼に翌日の食事に招待しました。

 翌夕、待ち合わせのため教わった小卉の自宅を訪問。宿からさほど遠くない西方新村。新村と名が付けばこれは例外なく新しい公団風の団地です。日本の公団住宅はエレベーターなしだと5階止まり。しかし中国では7階建てです。上の方に住んだら若い者なら兎も角、老人にとってはさぞきついことでしょう。建物を見る度に他人事ながら気の毒に思いました。

 小卉の家は幸い1階の一劃。母親と小卉と幼い男の子に迎えられる。男の子はYの息子だそう。私の宿より少し狭いようですが新しい。小卉の説明によれば、Yの家は別の所。普段はここに息子を預け、勤めに出ている。母は54歳。体を壊して勤めを辞め、今は専業主婦とのこと。そう殊更の説明をするのは、中国では夫婦共働きが普通で、54歳で家にいるのは異例であるかららしい。そう言われても「一体どこが悪いの?」と言いたくなるくらい、母親は至って健康そうでしたが。家族は他に父親と兄がいるそうですが不在。父親の職業は聞きませんでしたが家具、内装共にきれいで、我が宿以外の初めて入った庶民の家だけれど、おそらくこの家は当地では比較的裕福な部類に入るのでは・・・と見受けました。やがて帰宅したYと小卉と3人で出かけます。泣き叫ぶチビはこれは母親にお預け。

 目抜き通りの「ここがおいしい」とYが言うレストランは満席。仕方なくその隣に入る。ここは空いています。こういうところを見ると、中国人の味に対する評価というのはかなり厳しいのですね。「貴方がたの好きな物を注文しなさい」と言うのに、小卉は構わず「先生何が好きですか?」と問う。気立てのいい子です。私は肥満気味ですから肉を避け、野菜中心の料理を頼んで、これをつつきながら歓談。

 何で日本語を勉強する気になったの? 「何となく」。どれくらい勉強した? 「大学で2年間」。何か役に立った? 「今、日系の会社でバイトしています」。卒業したらどうするの? 「まだ分かりません」。ハキハキしているし、可愛いし、頭が良さそうだ。息子の嫁にしたい。「今ドイツに行っている婚約者がいる。帰ってきたら結婚する」。そうだろうな。こんないい子が一人でいるわけがない。その婚約者はフォルクスワーゲンに勤めていると言っていた。大学の同級生だとか。

  姉のYは日本へ行きたいらしい。だから今度私の日本語クラスに申し込んだ。小卉が「姉は馬鹿ですから先生よろしくお願いします」と、顔に似合わぬ物凄いことを言う。日本へ何しに行くの? 「美容の勉強をしたい」。へぇー。日本って美容の先進国なんだろうか。知らなかった。ご主人はどうするの。「離婚しました」。ふーん。30歳とまだ若いのに。「先生はピンポンができますか?」とY。昔は上手だったよ。「今度やりましょう」。いいですよ。ということで早速、翌日お手合わせすることになった。

 
翌日、約束の時間に、Yは大家さんの方から靴を手に持って入ってきた。我が宿のドアには
呼び鈴がない。「ドアをノックしても応答がなかったから」とこれは身ぶり手ぶり。妹は休みが終わって今朝上海へ帰ったそう。だからもう通訳なし。タクシーで近くの青年宮とかいう施設へ。台が10卓くらいあるが満員。30分待ったら一つ空いた。打ち始めてびっくり。こちらが何十年ぶりということもあるけれど、なかなか強い。昔、時には「卓球部員?」と聞かれた私が、何と3ゲームやって全敗。口惜しいからぼろラケットのせいにしました。

 聞きたいことがあると言うので再びわが宿へ。彼女の話では、日本へ行くについては二つのコースがある。一つは日本語学校で勉強。一つは美容院で働く。前者はM市なら最初160万円、東京だともっと多額の金が必要。その分バイトで稼げるか?という質問。それは無理だと思うよ。後者は、美容院は「色情の場」ではないか?という質問。日本の美容院には男の客は来ません。給料が10万円だそうだが、これで暮らせるか? アパート借りたらそれは無理だと思うよ。いや、住み込みです。Rさんは3万円くらい貯金できると言っているという。何だ。Rさんの斡旋か。それより何より、貯金できるかどうかもハッキリしないのに、今の学校の先生辞めちゃって、帰ってきてからどうするの? 復職できないんでしょ? うん。でもどうしても日本を見たいんです。だから今頑張ってお金を貯めていると言う。何それ。飛行機代? はい。それとRさんに1万5千元払う。ええー! それ何? 日本への道筋を付ける手数料だと。ふーん。そうすると私は人寄せパンダで、寄って来た鴨からRさんやSさんなんかが金を取るんだ。

  そう言ったら、先生の給料や家賃・食費は幾らかと聞く。これこれと説明したら、「先生は利用されている。授業料は一人1500元。こんな高い授業料聞いたことない。それなのに先生の給料は安い。反対に家賃・食費は高過ぎる。うちの家賃は5百元。食費なんか4人で7百元。先生それは絶対おかしいよ」と力説する。「うち」というのは昨日訪ねた実家のこと。彼女の話から初めて、我がクラスの授業料が幾らかを知りました。

 日本人はお金の話は「不好/ブハオ」なんだと言ってやったら、中国人はお金が「最喜歓/ツイシーハン(大好き)」なんだと答える。以上、全部筆談です。昔、少し北京語を勉強したのが意外に役に立ちます。時間はかかるけれど、この程度の話なら殆ど分かるんです。

 日が暮れた。帰る彼女を送って階段を下り始めたら、後ろで大家さんの家のドアがガチャリと開き、誰かがこちらを覗いている。振り返ったらバタンと閉めた。幸か不幸か階段は真っ暗。顔形なんか分かりゃしないんですが、来客が誰かを確認のために待機していたみたいですね。でも、大家さんってそんなスパイみたいなことをする人には見えないんだけどな。

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