17.  授業の進行-2  3)初級クラス
 第2回目の授業も平仮名の勉強です。一人ずつ黒板の所まで呼んで、「あいうえお」を一字ずつ書かせます。時間はかかりますが、生徒を退屈させないこと、参加意識を持たせることが狙いです。

 皮肉屋のL氏が、珍しく「あれはいい方法ですね」と賞賛する。見ていて悪い点は直し、よい字を書けば「ヘンハオ」と褒めてやる。中国は文字の国だからみんな上手に書くかと思うとさに非ず。例えば「め」は最後の右の曲がりを省略してしまう。「元の字は(女)です」と教えたのが悪かったのかもしれません。漢字風に書いてしまうのです。「た」は「ナ」と「ニ」に分離してしまったり、「ニ」が点々になったり。  

 第1課は自己紹介です。授業の基本的パターンは中級とほぼ同じです。けれども初級は人数が多過ぎて、最後の会話を全員に実演させることができません。実演は4組8人に止め、その代わり全員に名刺大の紙を数枚渡し、名前を書かせ、それを使ってビジネスマン風の自己紹介をさせる。まず私とL氏が模範を示し、そのあと全員を立たせ、相手を変えて挨拶させる。注意事項として、「名刺は相手の人格。おもちゃにするな。丁重に扱え(ズボンやサイドのポケットには入れない。しまう時は胸のポケットか名刺入れに一礼してしまう)」等々の説明をする。理解できたかどうか分かりませんが、みんな神妙な顔で聞いていました。

 最初の授業のとき来ていた子供連れがまた休憩時間にやって来た。この子をクラスに入れたい。いいですか? 私はOKですがお子さんは? 子供は懸命に父親に何かを訴える。何と言ってるのか確かめたら「やることが多過ぎるから嫌」と言っているらしい。「本人にその気がないのに強制するのはよくないです」と言ったらやっと諦めました。ある程度資力のある人は教育熱心。上昇志向が強烈・・・ということでしょうか。

 このクラスはたいへん騒がしい。幾つかのグループがあって、分からないことをお互いに訊ね合ったりするのか私語が多い。出来不出来の差も大きい。例えば、何回やってもバをベと発音する医者。体は大きいのに蚊の鳴くような声の男。緊張のあまり吃る師範学校の先生。概して男の方ができません。語学には女性の方が向いているようです。

 2回目の休憩をしたいか?と生徒に聞いたら、みんなが頷きます。「じゃぁ」と休憩を宣したら、Sさんがやおら立ち上がって、「不要」と叫んだ。この人は前に故T先生に初級を教わったのに、忘れてしまったからと言って授業に出ている。ならば生徒の筈なのに、こういうときは生徒ではなく、お役人になってしまう。それが幸便のときもあります。こちらは生徒の名前を早く覚えたいから、「各人卓上用の名札を用意せよ」と最初の授業のとき申し渡してあったのですが、半分は用意して来ません。私が「ニーメンブハオ」と言うと、Sさんがすかさず大声で注意する。次回忘れないように・・というようなことを言っているのでしょう。そういうときは助かるんですが、授業の進行にまで口を挟まれては愉快ではありません。扱いに困る存在でした。

 アシスタントの小Zも授業に出ています。Lという男は前に書いた私との口論でもうかがえるように、細かいというか神経質な男です。最初の授業のとき「小Zには当てなくてもいいです」と言ました。理由を聞いたら「授業料を払っていないから」。なるほど。それは真っ当な理由だ。Sさんも授業料を払っていない。だから、この二人には原則として当てませんでした。 この時期には生徒の背景など皆目分かりませんでしたが、その後次第に分かって来た彼らの素性や学習動機などを、先回りして少し説明します。

 職業では、日本でいう公務員が三分の二くらい。残りが(たぶん)企業の職員。(たぶん)というのは、中国の企業名にはJ市○○公司とか○○庁というのが多い。頭に市、尻に庁が付くと、こちらは官庁かな?と思ってしまいます。それで本人に公務員か?と確かめると、「?」。彼らには公務員とか会社員という概念がないんです。最近まで外資以外はオール国営企業だったから、そういう区別がなかった。それよりも、党員・非党員の区別の方が地位・権力と密接な関係にある関係で、彼らにとっては重要のようでした。公務員の代表的な生徒は、市級機関幼児園(市立幼稚園。市職員の子供が対象)の園長と保母3名。市皮膚病防治所の医師3名。東郊賓館の従業員2名。東郊賓館というのは郊外にあるホテルで、江蘇省の経営。いわば省級ホテルです。市師範学校の教師2名。市医学院付属病院の看護婦1名。他は中学校とか公路管理処といった雑多な部署の人々。

 幼稚園の園長・保母がなぜ日本語の勉強を? 来夏、日本から青年海外協力隊員が来るからその準備として。病院の看護婦は年末に、やはり青年海外協力隊員が来るからその受け入れ要員として勉強に来ている。ホテルの従業員は兎も角、皮膚病防治所の医師には首を捻りました。彼らは「先進日本の医学知識を学ぶため」と、その動機を説明しましたが。

 企業の業種は貿易会社とか、メーカーとかいろいろです。一つの企業から二人以上参加している例は無かったです。聞いてみるとみんな、参加は自発的。動機は仕事上の必要性か、近い将来日本へ行きたいから。中に一人、近々日本人と結婚するという若い女性がいました。この人は自転車で1時間かけて、郊外から通って来ていた。 授業料の負担はどうなっていたか。だいたい公的機関の職員は、公費負担だったでしょう。中国の役所では、名目さえ立てば金が出る仕組みになっているようでした。しかし、公的機関職員なのに自己負担の生徒もいました。例えば、師範学校の教師二人(Yと緊張すると吃る黄先生)、中学教師の宋。彼らの動機が、現業務上の必要ではなく、いつの日か日本へ留学、或は就労したい。つまりは、自己都合ということだからです。

 
企業から自発的に参加した連中はたぶん自己負担ではなかったか。一人一人確かめた
わけではないから、これは推測の域を出ません。L氏がポロッと洩らしましたが、お役人のコネで無料で参加している生徒も何人かいたようです。また、途中の出入りもかなりありました。

  余談。皮膚病防治所の医師たち、O先生を初めとする外事処の役人、また副業で日本語を教えるLiさん。みんな公務員。彼らの出張が多いことには驚きましたね。頻繁に北京だ、やれ蘇州だ、今度は四川省だと出張する。小Oは私がj市にいる間に日本にまで出張しました。用向きを聞くと、たいてい会議か視察です。会議や視察がみんな重要でないとは断定できません。しかし奇態なことに、出張先は大体、みんなが行きたい土地なんです。公務員はそういう所へ公費で行けるわけです。確かに公務員の給料は安い。例えばSさんの月給は850元。しかし、そう言ってはなんだけれど、普段の仕事の密度はさほど濃くありません。出張先と併せ考えると、まさに公務員には「親方鉄の飯碗」という皮肉がピッタリ来る感じでした。

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