19. 上海へ 南京東路 南京東路。この頃は未だ歩行者天国になっていませんでした。

1.国慶節
 1)家内の来中

 10月1日は新中国の建国記念日。国慶節といわれる祝日で、役所や企業は5日まで休み。それに伴って我がクラスも休みです。

 かねてこの休日に合わせて、家内に遊びに来るように言ってありました。日本との数回のFAX、電話のやりとりの後、9月30日に上海到着と決定。私が空港に出迎え、上海2泊、蘇州、無錫に各1泊し、4日にJ市に戻るというプランを立てました。最初R氏は、上海から一度J市へ真っ直ぐ戻り、蘇州・無錫へはJ市から改めて出かけたらと勧めてくれました。なぜかと言うと、私の待遇・条件の中に、滞在中、江蘇省内の小旅行を先方負担で行うという一項があるからです。これは別にこちらから要求した事ではありません。故T先生のときもそうしたから、という話でした。つまり前例踏襲ということです。だから上海への出迎えは別として、蘇州・無錫は先方の招待として行けばいいじゃないか・・・という好意なのでしょう。しかし、上海から蘇州、無錫を素通りして、また改めて出かけ直すというのはいかにも気が利きません。家内の滞在期間も限られています。時間は効率的に使いたい。自費で寄って来ますからご心配なく・・とR氏の提案はお断りしました。ただ、土地不案内につき、ホテルの予約だけ依頼しました。

 一方、O先生は蘇州、無錫は小Oに案内させると言います。小Oには奥さんも子供もいます。せっかくの休みにそんなことをさせては気の毒と思い固辞しましたがO王先生、R氏ともども「広い所だから迷いますよ。それにこれは外事処本来の仕事です」と言うので、止むなくお願いすることにしました。

 私、上海へ出発する直前になって腰を痛めた。もっと正確に言うと、日本を出る前からの腰痛が更にひどくなったのです。元をただせば拙宅の庭の草取りのせい。J市到着後、小Oの紹介でJ市中医病院に通って鍼治療を受けました。かなりよくなりました。ところが、家内が来るということで宿の床の拭き掃除をしたばかりに、悪化させてしまったのです。なぜそんなことをしたかと言うと、大家さんの奥さんが時折掃除をしてくれる。でも、見ていると四角い部屋を丸く掃く。だから隅には埃が溜まっているのです。かねがねそれが気になっていたので自分で雑巾を持ち、隅々まで這いつくばって拭きました。これが悪かったのです。左の腰から臀部にかけ、筋が違ったかのように激しく痛むようになりました。これは鍼では治らない。牽引がいいのではないか。そう考えました。

 翌日、初級クラスのJ市医学院の看護婦・何さんに付き添ってもらい、付属病院の日本でいう整形外科みたいな所へ行きました。同じ病院内の職員が連れて来た患者なんだから何らかの便宜を図ってくれるのでは・・と期待していましたが、あに図らんや、そこの医者はまずCTスキャンで見てからでないと治療しないと言う。じゃ幾らなのと訊ねたところ、六百元と言う。べら棒な値段です。日本人と聞いて吹っ掛けたのでしょう。何さんが何か一所懸命言うのにも耳をかさない。こういう奴もいるんですね。何さんも諦めて「どうしますか?」と言うから、マッサージしてもらうことにしました。彼女は即座に推拿(ツイナー)科という所へ連れて行ってくれました。中国の病院には按摩科というのがあるのです。そこで揉んでもらったら少し良くなったような気がしました。しかしそれは一時のことで、翌朝目が覚めたらもっとひどくなっていた。揉んではいけなかったのですね。しかしもう後の祭り。腰痛だからといって迎えに行かなかったら、家内は上海で迷子になります。痛いのを我慢して出掛けることになりました。

 2)上海
 家内の飛行機は夕方着くということなので、J市をお昼ごろのバスで発つ。いつぞやの芦寧高速道路を走ります。料金は60元だったか70元だったか忘れてしまったけれど、乗り込んだバスはボルボ製でした。皆さんご存じでしょうが、中国では自動車は汽車(チーチァ)と言い、日本の汽車は火車(フォチァ)と言う。仮名書きするとこうですが、実際の發音はもっと複雑です。車はチェとも聞こえます。

 上海−南京間の鉄道は多分、主要幹線に当たるのでしょう。列車の本数はかなり多い。料金もバスより安い。それを意識しているのか、バスでは乗客一人に1本のミネラル水をサービスします。また、車内で映画を見せます。勿論シートは指定席。列車に比べ清潔なのが長所ですけれど、窮屈なのが欠点。映画は香港製のドタバタ活劇か時代劇。私にはまるで分からない。だから走行中は、本を読むか寝ているしかありません。このときは、日本から持参した東工大・渡辺利夫教授の「中国経済は成功するか」を読んで時間を潰しました。

 上海までは順調に走りましたが、市内一般道路に入った途端、大渋滞になりました。近年、上海は遅れていた再開発で市内至る所工事をしています。加えて国慶節前日という事情もあるのでしょう。一時はこれでは飛行機の到着時間に間に合わないのではと心配になった。それでもノロノロ運転ながら何とか上海火車站近くの終点に到着。ここから延安西路のホテル美麗園大酒店までタクシー。大体西の方角です。運転手にホテル名を書いたメモを渡したら、彼はこのホテルを知りませんでした。なかなか見付からず、「番地はこの辺なのだが」とブツブツ言い出した。「こんな所で放り出されては困るな」と心配になった頃、前方のビルの壁面に大きなホテル名を発見してホッとしました。ホテルは道路から少し引っ込んでいて、入口が分かり難い。それと比較的新しいし、三星級だから知られていないのでしょう。チェックインし、部屋に入ってみたら設備も眺望も仲々よろしい。またタクシーに乗り、更に西の郊外にある紅橋(ホンチャオ)国際空港へ向かいます。 家内が乗ったCA930便は定刻19時に到着。家内は30分ほどで出て来ました。「一人でよく来られたな」と褒めてやる。再びタクシーでホテルへ。

 さっきは渋滞していた道路も今度は逆方向なのでスイスイ走ります。ガイドブックによれば、空港から市内へバスがあることはあるけれど、空港発着所の場所も市内到着地点も不便と書いてあります。鉄道の便はない。だからタクシーに乗るしかないのです。そういう点でも中国はまだまだです。これでタクシーが雲助だと目も当てられないけれど、幸い市当局の努力の甲斐あって、最近は不正行為は影をひそめたらしい。市がどうしたかというと、まずメーター制にした。そして必ずレシートを発行させる。次に助手席の所、乗客によく見える位置に運転手の登録番号パネルを立てさせた。不正があれば取締部署に、その番号を知らせればいいようにした。

 最後に「大衆」という大手のタクシー会社の社長に、どこかの国営企業を立て直したやり手のマネージャーを抜擢しました。この人は車両の更新、待遇の改善、社員教育、ひいては顧客満足度の向上運動などあららゆる面で積極的な改善を行った。例えば、運転手がわざと遠回りをしたとする。乗客がそれを会社に通報する。調査して事実なら、即座にその運転手は解雇です。そのようにして「大衆」は短期間で上海随一の優良タクシー会社になりました。他のタクシー会社も「大衆」に見習うようになった。そうしないと競争に勝てない。そういう経緯で上海のタクシーは安心して乗れるようになったと、これは日本出発前、NHK・BSの確かアジア情報を偶然見て知りました。その社長がインタビューに答えて、「目標は日本のタクシーです」と言っていたのが非常に印象的でした。そんなに日本のタクシーはいいのだろうか。そんなわけで、上海ではなるべく「大衆」マークを選んで乗るように心掛けました。

  ホテルに荷を置き、上海一番の繁華街南京東路へ出掛けます。ホテルからは東の方角になります。タクシーは今夜から交通規制とかで、南京西路の入口で降ろされてしまった。止むなくそこから東路の方向へ歩きます。街の感じは東京でいうと新宿か池袋に近いですね。若者が多い。とある大衆レストランに入り遅い夕食を取る。日本の居酒屋みたいに壁に短冊型の品書きもあり、またガラス張り台車にいろいろなお菜を入れて置いてあります。豆腐、野菜、その他二、三の料理を取って食べましたが味は今一つ。全体に甘いし、ビールは冷えていないし、勘定はJ市より高い。高いといえば、タクシーもJ市よりずっと高い。住宅事情も中国一悪いと聞いています。こらを総合すると、上海は住みにくそうです。東路の入口まで行った所でくたびれた。残りは明日に譲って南京路を外れ、タクシーを拾ってホテルへ帰ります。

 翌日は快晴。まず上海博物館へ。人民広場という公園の中にあります。至る所、人、人、人。博物館は近代的な建物で、1階から4階まで書画、陶磁器、古代遺物、印章等々が分類のうえ展示されています。いい物は北京の故宮から国民党によって台北へ持ち去られた筈なのに、文化ではいわば外れの上海でさえこれだけの逸品がある。さすがに中国は広い、奥が深いと感心しました。

 歩いて南京東路へ。ガイドブックには「日本の銀座」とありますが、ごみごみしていて垢抜けしません。東方飯店とかいう小さいホテルの「西式昼餐」の立て看板に釣られて入り、ランチを注文。ところが注文した物がなかなか出て来ない。見ていると後の客に先に出したりしている。隣にいた家族連れは怒って出て行きました。これ一つの例で全体がそうだと決めつけられませんが、一般に中国商業の接客態度はよくないですね。直接的にはマネージメントがなっていない(しっかりした管理ができる人材がいない)のでしょう。しかし、突き詰めて行くと結局、一人一人の中国人に「相手の立場に立つ」という意識が欠けているのが根本的な原因ではないか。中国人は何はさて置いても自分の利益が第一なのです。脳裏には国もなければ会社もない。あるのは家族と血縁意識だけのようです。でも中国人にそういう話をすると怒る。それはまた後で触れます。
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