20.  上海の夜
和平飯店北楼
和平飯店北楼。オールドマンジャズはここのバーで毎晩演奏しています。左に僅かに見えるのが南楼。

 人ごみをかき分けかき分け、南京東路を突き抜けて、やっと外灘(ワイタン)に出ます。ここも人が溢れている。上海市の人口は確か1200万。東京都より少し上だったかナ。それだけの人口で市一番の名所とあれば混むのも無理はない。ここは中国語では外灘。英語ではバンドという。長州藩士井上聞太、伊藤俊輔などが初めて見た外国。立ち並ぶ大厦、停泊している大船を見て、攘夷なんてとんでもない話と認識した所です。今は夜、恋人たちの語らう場所として有名。人に中ってくたびれた。一度ホテルに戻って次のプランを練ることにします。腰は相変わらず痛い。歩いている分には何ともないけれど、椅子に腰かけると立つ時に非常に痛い。筋に柔軟性がなくなった感じです。

 ホテルで一服後、家内と協議。夜は上海雑技団にするか、それとも和平飯店のオールドマンジャズにするか。雑技団は後継者があるだろう。が、オールドマンジャズはメンバーが減ってやがて消滅するだろう。見られるうちに見ておこう。そういう結論に達しました。

 夕方6時。タクシーに和平飯店というと、「不好」と言う。和平飯店は外灘にある。交通規制で車は入れないことは先刻承知している。行ける所まで行けと言うのだが英語では通じない。ドアマンが寄って来て、反対側からなら近くまで行けるのではないかと知恵をつけてくれた。それで運転手は行く気になり出発。

 まず西に向かい、やがて北に転じて高架式高速道路に入る。無料。東京の首都高速は高速で走れないのに有料です。あれはインチキですね。上海に見習って無料にするべきです。ともあれ、この高速を随分走りました。感じとして半円を描いています。東京でいうと青山から銀座へ行くところを、反対に明治通りを北上し新宿から中央線沿いに秋葉原へ抜ける感じで走っています。やがて地上の一般道に降り南下。体内のレーダーは、方角として間違っていないと言っている。広い道路なのに次第に車が混んできて、やがて渋滞。暫く行くと反転して来る車がある。車両進入禁止線にぶつかったのです。何という所か知りませんが、私の勘では山手線でいうなら神田の辺り。やむなく車を降り、銀座(外灘)目がけて歩くことにします。料金は65元。かなり遠回りしたということです。

  運転手は真っ直ぐ行けと言っていた。大勢に従って行けば間違いないでしょう。見回すと、ハンマーや手形のビニール風船を持った子供連れ、若者のグループ。たまに熟年の夫婦。やはり服装はJ市より垢抜けています。次第に人が増え川の流れのようになる。要所要所にさながら川中の杭のように公安が立っています。念の為その一人に道を確かめました。OKだが、先へ行って左折とちゃんと英語の答。「Thank you」には挙手の礼が帰ってきた。上海の警官はなかなかのものです。

 道が少し上りになり、小さい鉄橋を渡る。ひょいと上を見たら「呉淞」と書いてある。すると下の川はウースンクリークか。上海事変の激戦地。日本軍の損耗甚大。新書「南京事件」に、それが南京大虐殺の一つの遠因とあった。(注)これは誤解でした。このクリークは蘇州河。呉淞は揚子江の岸辺にあり、日本軍が上陸した所です。「呉淞」と書いてあったのは呉淞路のことでしょう。橋は歌に出て来るガーデンブリッジだと思う。橋を渡ったら人の流れが二つに別れました。また立っている公安に聞くと今度は英語は通じない。和平飯店と書いたメモを見せたら、真っ直ぐ行って左折とこれはジェスチャー。このようにして30〜40分歩いたかな? 案外早く、開演の8時前に到着しました。和平飯店は石造の古くてお化けが出そうなビルです。

 案内された席は柱の影でステージがよく見えません。良い席には予約の札が立っています。旅行社が抑えているのでしょう。ここはバー。内装はビクトリア朝風というのでしょうか。随分と古めかしく照明も暗い。やがてバンドマンが一人また一人と現れ、何の前触れもなしに開演。バンドマンたちはよぼよぼかと思っていましたが、案外そうでもなかったですね。しかし演奏はちょっとたどたどしいです。私は青島ビール。家内はカクテル。飲んでいるうちにいい気分になってきた。少しくらいかったるくても、やっぱり30年代のジャズはいいですね。当節のロックなんて騒音以外の何ものでもない。

 徐々に席が埋まり、私達のテーブルに客が一人相席。若い中国人と見ましたが、話してみたらカナダ人。じゃ親父が中国人かと聞いたら、いやベトナム人だと。そういえば小柄。上海へは大学時代の友人を訪ねて来た。中国は初めてだそう。彼はセブンアップを注文。バーでセブンアップ?  なかなかの堅物だなこいつは。暫く歓談。やがてボーイに勘定を言う。持って来られた勘定書を見て彼は目を剥きました。勘定は90元。高過ぎるとクレーム。ボーイはテーブルチャージが幾らとか言っている。結局払いましたが、中国はべら棒だ。カナダではこんなことはないと言いながら去る。ホント、ここは昔魔都と言われた所。命を落とさないようご用心召されよ。というのは冗談。

 いいムードに誘われてビールのお代わりと、腹が減ったからサンドイッチを。ステージ正面の客がバンドリーダーにrequestしている。こちらもボーイを呼んでrequest。”Let me call you sweet heart”。ご存じでしょうか? ビビアン・リーとロバートテーラー演ずる映画”哀愁”の曲。無料と思いきや、ボーイにその場で30元ふんだくられた。あれはボーイの小遣いになったのではないか?

 
また相席の客が。今度は中年のカップル。どちらからともなく話が始まる。男はオラン
ダ人。北京から来た。女はドイツ人。上海にいる。前は北京にいた。どちらも企業の駐在員。女の転勤で別れ別れになった。以来休みの度に行ったり来たり。たまにしか会えないから想いが募る・・と熱々です。二人が踊りに立つや否や家内が「あれは絶対不倫よ」と断定する。その言い方が普通ではありません。こういうことになるとなんか熱が入るみたい。

 いつの間にか、バーのカウンターまで観光客らしい外国人で一杯になっています。彼らは好みの曲になるとフロアに出て踊る。それがなかなかのもの。まず、体格がいいでしょ。そして、リズムに完璧に乗る。表情が豊か。要するに非常に自然。見ているだけで楽しい。相客が貴方がたも踊れと言うが、私のは盆踊りになってしまうから遠慮しました。相客がお名残惜しいが・・」と言って席を立ちます。「excitingな夜になりますね」と冷やかしたら、女の方が「そうなの。彼は素敵なの。楽しみ」とヌケヌケと言う。こいうときは洋の東西を問わず女性の方があけすけです。どうしてでしょうか。

 10時を回った。演奏は休憩。帰ることにします。勘定は490元。邦貨では大したことはない。けれども、現地感覚では決して安くはありません。外に出ると、折しも外灘の歴史的建造物のライトアップが一つまた一つと消えていくところ。規制が解除され、奔流のように流れ込むタクシーの群れ。その1台を拾ってホテルに向かいます。中国へ来てから一番楽しい夜でした。

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