21.  蘇州へ 蘇州バス站 蘇州汽車站。中国では鉄道よりもバスの方が利用されています。

 3)蘇州
 8時に美麗園ホテルをチェックアウト。1泊朝食付き380元。邦貨5500〜6000円。周囲に何もない所で、どこへ行くにもタクシーを使わなければならない点を除けば、申し分ないホテルでした。ホテルが高いのはマニラとシンガポール。上海は安いと思います。

 タクシーで高速バス站へ。11時に蘇州のホテルで小Oと落ち合うことになっています。バス站に着いて驚いた。チケットは売り切れ。あるのは12時発以降の分だけ。当惑しているとタクシーの運転手らしいのが現れ、蘇州まで300元でどうだと言う。横から得体の知れない男が、10時半の切符2枚100元でどうだ、と言う。ダフ屋です。両方競争で”どうだ、どうだ”と迫る。300元は高過ぎると言ったら200元になった。一時はこれに乗る気になりました。けれども、考えてみれば1時間を争う旅ではない。ダフ屋の方がいい。家内はその券で本当に乗れるのかと心配する。でもコンピューター印字されている。それを信用して買いました。正価は一人29元。ダフ屋は一枚につき21元の儲け。社会主義国でダフ屋がおおっぴらに商売しているとは・・・。  

 バスについては何の問題もなく、12時過ぎに蘇州に到着。ホテルまでタクシー。運転手は女性。愛想がいい。我々の泊まる蘇苑飯店はきれいではない。○○飯店がいいから変えたら・・などと言う。私、予めホテルの位置は地図で見ておきました。どうも走っている道がおかしい。時間もかかり過ぎる。やっと蘇苑飯店に着いてメーターは36元。40元渡したがお釣りをよこさない。請求したら急に膨れっ面になり、「日本人どうとかこうとか」とブツブツ言いながら返してよこした。日本人は金持ちじゃないか。それくらいいいじゃないか。これは東南アジアのどこへ行っても経験すること。それは確かにどうということはない。でもそれをやると、後から来る日本人に迷惑がかかる。これは今バンコック在住の亀山君に言われたこと。まことにご尤も。以来、拳々服庸しています。あとで小Oに聞いたら、彼は同じバス站から15元だった。よほど取締部署にクレームつけようかと思ったけれども、それをしたら観光する時間がなくなるから止めた。いずれにせよこれで蘇州の印象が非常に悪くなりました。

 ホテルで昼食後、まず寒山寺へ。道々、街を観察。道路が広い。高層建築は少ない。工場が多い。蘇州といえば観光地というイメージですが、水が豊富なため、ここは実は工業都市なのです。無錫と並んで工場排水による水質汚染が問題になっている所。 寒山寺は人で一杯。お寺に人がいるのではなく、人の中にお寺が埋まっている。更に驚いたのは表門で入場料を取り、一旦外へ出して(そのようにコースを設定してある)、裏門でまた入場料を取る。(注)実はこれは誤解でした。表門と思ったのは裏の付属施設で寒山寺そのものではなかったのです。こちらは小Oの案内に従って歩いた。小O自身が何も知らなかったのです。

 
鐘楼で鐘を突くには、また鐘突き料が要る。それでも鐘楼には長蛇の列。張継の詩「月落ち烏啼きて霜天に満つ」の客船が停泊した所は、寺のすぐ裏。詩からは広い湖水をイメージしますが、何のことはない実際は狭いクリーク。これでは「夜半の鐘声客船に到る」もへちまもない。現実の鐘の音は神韻縹渺どころか、耳を塞ぐほどうるさかったのではないか。一句浮かびました。「寒山寺は遠くにありて想うもの」。次は虎丘にするか、摂政園にするか。虎丘というのは、遠くから見ると虎のような丘ということ。頂上に斜塔がある。摂政園は中国四大名園の一つだそう。摂政園に行くことにします。

 またタクシーで随分走りました。蘇州は広い。J市なんて問題にならない。摂政園も人で一杯。国慶節だから仕方がないと諦めるしかない。私は素人ですけれど樹木、池、築山、回廊、亭などの配置には計算が行き届いているように感じました。ただ、惜しむらくは花がなかった。蓮の咲く頃はきっといいだろうと思います。今度は人がいない時に来たい所。一旦ホテルに戻って休憩。

 夜、街の中心部へ食事に。四川小吃亭とかいう店で、小Oの解説付きでいろいろ食べました。彼は四川省の出身。柔らかな豆腐の薄片をスープに浮かべた豆漿という食べ物があります。これが一番口に合いました。食事をする度に思うこと。私はいわゆるグルメではない。そもそも珍しいものを食べたいとか、おいしいものを見付けようという意欲に乏しい。だいたいにおいて、腹一杯になればいいという程度の欲望しかありません。昭和一桁。焼け跡闇市派。飢餓の時代の後遺症でしょうか。

 それで思い出したことがあります。数年年長の先輩で、顔を合わせると「どこかにうまい物を食わせる所はないか?」と言う人がいました。「うまい物が食べたい」。しみじみと言うのです。その度に「この人は日本では最高の大学のそのまた最高と言われる学部を出ているくせに、何と言うことが低次元なんだろう」と思ったものでした。しかし、考えてみればその人の方が人間としては普通なのであって、たぶん私の方が変わり者なのでしょう。私にもそれくらいの自覚はあります。

 ちょうど食事時なので店は混んでいます。四人掛けの卓に二人しか座っていないと、すぐ新来客が空席に座り込む。それが三人なり四人のグループだと、座った奴が向こうでウロウロしている仲間を「こっちこっち」と呼ばわる。そして一人が料理を取りに行き(ここはビュッフェ式なのだ)、一人が席の確保。一人が他の卓の空き椅子の物色に走る。私の横の空き椅子を持って行った。見ていたウェイトレスが凄い見幕で怒鳴りつけ奪い返す。勝手に動かすなということ。いやはや大変な騒ぎ。さながらテレビの「なにわのオバタリアン」を生で見ている感じです。それにしても、毎度言うことですが、中国のサービス従業者は凄いですね。客を客とも思わぬ物腰。これはいわゆる一つの文化ですね。

 もう一つ、面白いことに気が付きました。タクシーの料金を払うのに毎度、助手席の小Oにお金を渡します。そのお釣りが返って来ない。初めは忘れたのだろうと思っていました。しかし、彼は2回目も3回目も返さない。それで「ハハァ」と納得がいったことがあります。小Oが蘇州・無錫の案内役に決まったとき、彼は「私は自分のお金で行くのですから・・」と言った。暗に「ホテル代を持て」ということです。そのときは、折角の休みを潰させるのだからそれくらいはサービスしなくてはいかんかな?と思いました。ところがまた別の日に同じことを言う。彼の本来の仕事である筈なのに恩着せがましいし、それにくどい。それでR氏に、「小Oがこう言っているんだが、役所から出張旅費は出ないの?」と聞いてみました。R氏は「いや出ます。先生が払う必要はありません」と言う。

 小Oは一体どういうつもりなのか。彼は日本からの技術指導者が来Jすると、その案内役をしています。そういうときには必ずこういうみみっちいことをしているのだろうか。このときまで、不当利得と承知の上でホテル代は持ってやろうと考えていましたが、タクシー代のお釣りまで猫ババする。これですっかり嫌になった。翌朝のチェックアウト。私の分だけ払って後は知らぬ顔で見ていましたら、小Oは何も言わず自分の分を払いました。

 こういうことは中国の一つの文化なのか。それとも小O個人の特性なのか。おそらく両方なのでしょう。後日、Sさんと小Oが新しいマンションを買ったと知りました。オフィスで設計図やインテリア雑誌を見ながら何か楽しげに談笑をしているので、「何ですか?」と覗き込んだら、「住宅の設計です」。中国ではマンション内部の区割り・内装は自分でするのです。Sさんは「今度来るとき先生は私の家に泊まりなさい」と言う。見ると、Sさんの買った区画は広い。私の宿の面積に匹敵します。小Oはその半分。どちらも銀行から借金したから(返済が)大変ですと言う。R氏の言によれば、とても役人の給料で買える物件ではないとのこと。R氏は暗に「裏収入がある」と言っているのです。こちらは「フーン」と首を振るしかありません。

 ともあれ朝からタクシー、バス、更にタクシーに何回も乗り降りして腰痛が一段とひどくなった。それで明日の無錫観光は中止。真っ直ぐJ市に戻ることに予定を変更しました

 ところで、蘇州見物の賢い方法。ガイドブックには「自転車を借りて走るのもいい」と書いてあります。時間があれば、私もその方がいいと思います。寒山寺なんか詩情も何もあったものではありません。かえって自由に歩けば、名もない運河の畔に古い支那家屋など、風情のある景色が見られると思います。
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