28. 授業の色々-2  2)中級 こちらも1か月でスピーチを開始。当てられた生徒は原稿を用意してきてそれを読む。中級ともなると相当長い文を書いて来ます。中で文章もイントネーションも最も日本語らしいのが小、中学校で日本語を勉強したという朴。発音と語法が少しおかしい。例えばゼンゼンがジェンジェンになる。これは朝鮮語話者に多い特徴。しかし日本人でも中国地方の人はこういう発音をします。

 語法は、例えば「先生が日本語を私たちに教えて上げます」といった類。中国語の用法をそのまま使うからです。そういう点が改善されれば、この人はもう殆ど完璧な日本語話者になれる。あまり不自然でないのが郭と胡の二人。郭は大学で日本人の先生に教わったとか。僅か1年間だけれど、良い先生に恵まれてしっかり勉強したのでしょう。胡は日系会社の運転手。毎日、日本人幹部の送迎で会話しているから「こなれている」感じがします。この人は学歴欄に何も書いてなかった。よく言われる「外国語は習うより慣れろ」の生きた証拠です。

 他の生徒は聞いていて意味不明なことが多い。原因は文章がなっていないか、発音が悪くて聞き取れないか、或はその両方です。それをどう直すか。それが問題。

 発音の矯正はこちらの手数という点で言うとそんなに難しくない。調音点、調音法を図で示し、口で言えばよい。ただ、それですぐに良くなるかというとそれはまた別の話です。本人が努力しなければどうにもならない。発音というのは煎じ詰めると筋肉運動なんです。だから反復練習するしか手がない。したがって、年齢が非常に大きな要素になります。子供はすぐ覚える上手になるというのは、生理的条件において成人より有利だからです。

 片や文章を直すのは口ではできません。各人の原稿を一度黒板に書かないと、本人にも他の生徒にも分かりませんから。だから最初は面倒でしたが一々黒板に書いて、正しい文に直しました。これは時間がかかります。そのうちに一部の生徒から苦情が出た。「文法はどうでもよい。会話能力の上達が目的なのだから文章指導は止めてくれ」と言うのです。文の修正=文法の勉強と取られたのは心外。音を字に置き換えれば文になる。文になっていない音は理解できない。つまりは文が作れなければ会話にならない。これは基本的な勉強なんだと強調してはみたものの、時間がかかるのには私自身閉口していましたから、苦情を幸便にそれは止めました。以来、原稿の良い点はうんと褒めちぎり、悪い個所は簡単に指摘するだけに改めた。

 何回も繰り返し、複数の生徒に会話上達方法を質問されましたね。私が示した対策は「単語をたくさん覚える。長文を避け短文を多くする。大きい声でハッキリ話す。ハッキリ発音するにはテープを聞いて反復練習する」こと。黒板に機関銃とピストルの絵を描く。発射される弾丸が単語。どちらが勝ちますか? 声を漫画風に描く。大きいのと小さいのと。小さい方は相手の耳に届く前に消える。どちらがいいですか? 子供と遊んでいるようなものです。でも、難しいことを言ってはダメなんです。相手が理解できないことを言うのは教師の自己満足であって、生徒にとっては全く意味がない。でもこれが(分かってはいても)一番実行が難しいことです。

 また単語については昔、私が新宿で経験した実例も話しました。場所は地下道。通行人の流れの中に杭のように突っ立ったスペイン系らしい外人が、「ニシグチ」と大声で連呼している。誰も相手にならないで足早に通り抜ける。気の毒に思って事情を聞いたら「西口のバスターミナルへ行きたい」ということ。目と鼻の先だから連れて行って上げた。皆さんが例えば駅へ行きたければ、勇気を出して「エキ!」と一声叫べばそれで用は足りる。しかし、駅という単語も字も覚えていなければどうにもならないよ・・と。

 テープについては、毛や時や張が「いくら練習しても上手にならない」と吐かした。語学の勉強に特効薬はない。練習が嫌なら外国語(の勉強)は止めろ、と言ってやった。自分は中国語の発音も四声も侭ならないのに・・です。しかし、我が侭勝手は教師の特権。自分はダメだと思ったら教師は勤まらない。

 時は前にも話しましたが、発音がよくない。口の中でモゴモゴと言うから聞き取れないのです。毛は非常に奇妙なイントネーションで話す。丁度オシログラフのような一定のカーブで抑揚をつける。その上、単語の選択も適当でないから、とてもではないが日本語には聞こえない。初級は自習したと言っていた。そのため独りよがりの癖がついたのでしょう。前に他の連中と一緒に宿へ訪ねて来たとき、毛一人だけが話しかけて来なかった。自信がないからですね。自信がないと積極的になれない。しかし、下手でも何でも、積極的な人間の方が上手になります。語学の上達には或る程度心臓の強さも必要ということですね。張は軽い吃音癖があるうえ、例えばカとタ、サとシの音がハッキリしないというような欠点がありました。だからいつも、もっとリラックスしろとアドバイスしたものです。リラックスと強心臓とは通じるところがあります。厚かましさが必要と言うと語弊がありますが、まぁ兎に角、恥ずかしがっていたら決して上達しないということは確かです。

 その他授業では、例えば地図を見て道順を教えるタスクとか、なるべくゲーム要素を取り入れるように努力したこともあって生徒たちは授業が楽しみだったらしく、出席率もいいし雰囲気も和気あいあいとして、教える私も楽しかったです。アンケートの結果も、教え方については全員が「ヘンハオ」でした。これは望外の幸せ。希望する重点項目については文法不要、会話重視とする者が5人。この中の3人は今書いた連中とすぐ見当がついた。後の2人はたぶん、李と金。どちらも女性。李は小学校の先生で抜群に歌が上手。テレサテンなんか絶品。日本の歌を覚えるために参加したと言っていました。金は商社員。最初初級にいたのに、暫くして中級に移って来た。しばしば日本からのお客を案内する。敬語の使い方などをマスターしたいと言うのです。こういうのは個人教授で機能シラバスを勉強する方がいいのですが、ここでは個人教授なんかできる人はいません。やむを得ない選択でしょう。

 ところでこの金に「日本へ何を輸出しているの」と聞いたら、その時は「提灯です」と言っていました。それを聞いて「岐阜提灯も大変だなぁ」と思ったものでした。ちょっと横道に逸れますが、この金は新婚でした。でも日本から取引先が来ると、一緒に例えば温州など地方の工場へ出張します。勿論泊まりがけ。たぶん上司も一緒に行くのだろうと思いますが、若い女性だとか新婚の女性だ・・などという条件は、仕事の上では全く顧慮されないようでした。本人も実績を上げるべく嫌がらずに出張に出る。こちらの女性のバイタリティーは日本の女性のそれとは段違い。ほとほと感服させられました。最近は日本も変ってきているかも知れませんけれども。

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