29. 教室の外  教室の中も色々問題ありでしたが、教室の外も騒がしかったです。前にもお話ししましたが、教室は市政府の中にある。中に入るのに門衛に一々通行証を見せなければならない。なんて煩わしいことか、まことに官僚的だ・・と思っていた。ところが暫くすると武装警官が警備しているのにはそれなりの理由があるのだと分かってきました。

 1)労働者の座り込み
 J市到着後1週間かそこらで、民衆の座り込みにぶつかりました。朝出かけたら、市政府正門に老婆が1人大の字に横たわり、周囲におばぁさんたちが数人座って人を寄せつけない。公安が大勢遠巻きにして眺めている。誰も中に入れない。仕方がないから一旦帰り、午後出直しました。既に座り込みは解消していました。私が出勤したと知って、O先生があたふたとやって来た。何事かと思ったら、座り込みの事情説明のためです。どこかの会社と農民との間に土地に関する紛争があって、その調停を市政府がしないのは怪しからんと農民が抗議に来た。昔はそれは確かに市の仕事だった。しかし改革開放で、今はそういう事は当事者同士の交渉に委ねられている。一般民衆はなかなかそれが分からなくて、今朝のようなことをする。困ったものです・・・と言う。私は取りあえず「分かります。分かります」と言っておいた。何も知らないんだから他に何とも言いようがないのです。

 開講後間もなく、今度は労働者の座り込みがあった。これは大勢でした。「・・・共産党領導」とか書いた横幕を掲げている。領導というのはリーダーということ。意味はどうも、共産党の責任で何とかしろと言っているように取れました。この時も午後出直したら、既に座り込みは解消していました。またO先生が来るかなと思ったら、今度は2階の彼の部屋へ呼ばれた。きっと向こうから私の所へ来るのは彼の身分に相応しくないと感じたのでしょうね。今日の連中は閉鎖された炭鉱の労働者で、生活できないから何とかしろという要求だとのこと。そして、これは国の問題で市政府ではどうにもならないのに市に言って来る。非常に困っていると言う。一々私に説明するところを見ると、外国人の目をかなり気にしているようです。気の毒になって「人間にとっては将来に希望が持てないのが一番辛いこと。彼らの心情はよく分かる。私にも笑いごととは思えませんよ」と言ってやりました。ホッとしたみたいでした。

 暫くしたら、同じ連中がまた座り込んだ。午後になっても解消しない。ただ、通行だけはできた。だから授業は定時に始めました。ところが途中で公安が来て、次第に群衆が増え不穏な空気になっている。安全を保証できないから授業を中止してくれと言う。仕方がないから言われたとおりに授業は中止。翌日またO先生が来て、こんなに長引くのは国がどうのこうのと釈明を始めた。聞いてみると、一か月二百数十元かの最低賃金は出ている。ただそれだけでは食べていけない。だからどうしても長引く。それはそうでしょうね、と私。ところで日本でもこういうことはありますか? ええ、ありますよ。成田空港の滑走路1本のために20年以上揉めています。人もたくさん死にました。自慢じゃないが揉め事では貴国に引けはとりません。だから、一々気になさる必要はありません。この一言が効いたとみえて、その後も身障者輪タク、国営企業退職者等々数え切れないほど座り込みがありましたが、O先生は一切釈明しなくなりました。

 実は私、中国へ行く前から、地方で労働者や農民の争議がかなり発生しているという報道は見ていました。知ってはいても、実際にその現場を見るとまた違った感懐があります。新しく見えて来るものがある。何が見えたかと言うと、中国共産党は自信を失っているということ。民衆の暴発を怖れている。そう感じました。座り込みに対して官憲は一切手を出さないのです。そもそも身障者輪タクは非合法のもの。それを取り締まったら運転手たち(身障者)が座り込んだ。こういう非合法者に対してさえ遠慮しているのです。背景には官の腐敗汚職がある。

 ずっと後日のこと。大家さん一家が、私が帰国する時、送別会をしてくれました。そのとき奥さんと話していて、彼女の末娘の下崗(シャーカン・解雇のこと)の話から役人の話題になり、彼女は紙に「貪○汚○」と書き「みんな知っている」と言いました。○は官と吏のこと。中国人は用心深い。ハッキリとは書かないのです。

 R氏は茶房を経営していましたが、私が行った時、既に廃業を考慮中でした。理由は不況で客の入りが悪くなった上に、更に公安がタカリに来るので毎月赤字だからとのこと。私も実際に目撃した。5人くらい制服のまま店に入って来る。R氏がにこやかに相手をする。具体的にどういう交渉があってどれくらい払うのか、聞いてもR氏は言わない。だから詳しいことは分かりませんでしたが、とにかくその都度幾らか払っていた。彼らが堂々と入ってくる様子には、もう慣れっこなんだと感じさせるものがありましたね。

 あんた別に悪いことしてないんだから払うことないんじゃないの・・・と私。いや、ここではどういうことが起こるか分からないからね。何それ? いや、どういう仕返しをされるか分からないのよ。例えば? 例えば、ウーン。裏の世界の人間に誘拐させるとか。そう言われると、こちらはただ「へぇー・・」と言うしかない。実際、R氏は夜自宅へ帰るとき、必ず特別に雇った若い用心棒と一緒にタクシーに乗って帰っていました。公安と闇の社会は繋がっている・・・と言うのです。彼は日本から帰国したばかり。周りはR氏が日本からたっぷり金を持って帰ったと思っている。だから何が起るか分からない。彼は本気でそう思っていました。

  彼個人の問題はさておいて、社会全般の話。昔はみんな平等だった。今は金がある者はより金持ちになれる。或はそのチャンスを得られる。貧乏な者にはチャンスも回って来ない。益々窮乏するだけ。そういう不満、言ってみれば危険なガスが社会の底辺に充満している。下手に取り締まるとガスに引火する。官憲はそれを自覚しているのです。

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