30. 三大改革  2)社会主義の行方  J市へ出発する前に中国関係の本を買いました。先に触れた「南京事件」と「中国経済は成功するか」。他に「朱鎔基の中国改革」、「中国革命を走り抜けたアウトローたち」計4冊。携行の便と寝しなに読むことを考えて、どれも文庫本です。4冊ともたいへん有益でした。

 このうち「中国経済」と「中国改革」は一部を教材に使いました。この2冊からの知識と私の滞在中の見聞を硬軟取り混ぜて書いてみます。それらは同時に、民衆の座り込みの原因・背景の説明にもなるでしょう。

 朱鎔基首相は金融、国営企業、官僚機構の3大改革を1998年から3年間で実行すると公約しました。改革を迫られている問題点は何か。

<問題点> <対策> <着手>
金融  : 不良債権   公的資金の投入 

 一応終わり

国営企業: 非効率=競争力がない 大半を民営化 1998年開始
官僚機構: 人員過剰=非効率   半減させる  中央政府は終了
地方政府はこれから
 (a)金融 
 不良債権というのは、銀行融資と企業間信用(いわゆる三角債)の焦げ付きです。上に書いたように、これには公金を投入し、別に債権管理機関なるものを作ってそちらへ不良債権を移す形で一応決着をつけたようです。しかし今後、中国の銀行経営が健全に推移するかどうかについては疑問に思います。

 J市に中国工商銀行と中国建設銀行のビルがありました。どちらも支店なのに、日本のちょっとした地方銀行の本店くらいの大きさです。毎日通りすがりに眺めているうちに、2階から上のフロアーに全く人の気配がないことに気が付きました。無人なのです。O先生に何故かと聞いてみましたが「不知道(知らない)」という返事。私は多分あれは「いい格好しい」、つまり見栄だと思う。

 銀行は国営ですからコスト意識がない。コスト意識がないからそういう無駄なことをする。そんな銀行が健全である筈がない。そもそも銀行というのは集めた預金の運用益で食べていく商売。運用するにはリスクが伴う。銀行経営のノウハウは要するにリスク管理なんです。そのノウハウは一朝一夕で身に付くものではありません。そういう点で今のレベルは言うなれば赤ん坊のようなもの。赤ん坊が豹狼みたいな事業者と太刀打ちできる筈がない。

 そういうお前は元銀行員じゃないか・・と言われそうですが、私が現役の頃は、今問題になっているような無原則、破廉恥な融資なんて絶対にしなかった。それだけは胸を張って言えます。

 (b)国営企業
 国営企業の正確な企業数は忘れました(本はO先生に贈呈してしまった)が、その約8割が赤字らしい。国は製鉄などの基幹産業と電子工業など先端企業だけ面倒を見る。後は黒字赤字関係なく、自力でやれと宣言した。潰れても面倒は見ないということです。なぜそういう荒療治をするのか。中国モンロー主義では世界に立ち遅れるばかり。国際経済の荒海に乗り出すには市場主義に転換し、競争力を身につけなければならない。それには結局のところ、スクラップ&ビルドしか手がないということ。格好よく言えば「獅子は子を千尋の谷に落とす」ということですが、実は背に腹は替えられない。他に方策がないのです。

 
国営企業はなぜ非効率か。大きい企業では住宅、学校、病院全部揃えています。退職後の
年金も元の勤務先から支給される。つまり、揺りかごから墓場まで面倒を見るシステム。これでは当然コスト高になります。一方、生産は政府から材料支給でこれこれの物を幾つ作れと割り当てられる。製品は公定価格で買い上げられますが、利潤は残らないシステムです。結果はどうなるか。工夫改善の必要がありませんから当然、高品質の製品は作れません。中国国内では通用しても国際競争力はゼロの製品ばかり。

 すぐ抜ける壁のソケット。ピシッと閉まらない窓。ちょっと掴まったら壁ごとスポンと抜けるタオル掛け。洗濯が終わっても粒が残る粉石鹸。ポケットに手が入らないズボン。1回使ったらすぐダメになる懐中電灯。デフの辺りでゴロゴロ音がするサンタナの新車。これらは全部私が実際に体験したことです。L氏が「日本で買う中国製品は安くて良質なのに、(同じ物を)中国で買うと高くて品質が悪い。それじゃアベコベじゃないか」とよくこぼしていました。日本のスーパーやデパートなどは最初から工場を厳選し、仕様は特注。そして厳しい検査にパスした製品でなければ受け入れません。なぜ厳しいのか。それは日本の消費者の目が厳しいからです。中国国内の商品品質が悪いのは中国人がそれを許しているから。幾ら非効率な企業が淘汰されても、そこが変らないと底辺の工業水準、ひいては商品品質は上がらないでしょう。

 それに関連して面白いことが。私の帰国と入れ替わりに知人の写真家がJ市に来て、約1か月滞在することになりました。思いついてO先生に「何か日本から買って来て欲しい物がありますか」と聞いてみた。そしたら「ビデオカメラを」と言う。そんな物中国でも売っていますよ。 「いや、関税がかかっている分高い」。更に銘柄はソニーで、日本国内工場で生産したものをという条件が付いた。中国も含めたアジアの工場で作ったものは信用できないということ。中華思想の中国人が自国の労働の質、技術水準を信用していないんですね。対して日本の工業製品への信頼はもう殆ど信仰です。これは他のアジア諸国でも同じです。

 もう一つ実例。J市にITT・CANNONという米日合弁会社の工場がありました。CANNONはカメラではなく大砲の方です。工場は元国営企業でした。従業員数は200人くらい。そこの日本人責任者が品質管理に苦労していました。不良品発生を根絶できない。前任者もそれが原因で更迭された。彼はその前の責任者で、経験を買われて再度赴任したとのこと。不良が出る原因はいろいろあって一言では言えないが、要するに生産設備の点検整備など全くしない。朝いきなり電源を入れて作業開始。1日使ったら電源を切って帰っちゃう。一事が万事そういう調子だから不良が大量に出る。時には不良品が検査もすり抜け、市場に出てからクレームが来る。

 検査で引っかかった不良品はどうするんですか? それが直すことにかけては実に上手なの。何しろ人は一杯いるから人海戦術で器用に直しちゃう。不良品に慣れているんですよ。 で、そんなに乱暴に使って、将来機械がダメになったらどうするんですか? それはその時に考えるんでしょうね、ということでした。要するにその日暮らし。将来のことなんか、てんで念頭にないということ。進歩だの成長だのなんて概念とは無縁なんです。骨の髄までそういう意識だから管理者は苦労する。

 昨年から国営企業の整理が始まりました。倒産や生き残りをかけた人員整理で下崗は増える一方です。人員整理を円滑に進めるためには、人の受け皿とセフティーネット(社会保障)が必要。後者については最近、年金や失業保険制度を創設しましたけれど、積立を始めたばかりですから当面の間には合わない。前者は外資企業に期待していた。でも折悪しくアジアの経済危機以来外資企業も業績が振るわない。撤退するところも出て来て期待どおりには運んでいない。最近の全人代で自営業を建国以来初めて公認しましたが、自営業なんて元々が小規模ですから、これが大量の失業者を吸収することは不可能です。下崗の増加は間違いなく中国の当面する大きな不安定要素です。

 (c)地方政府 
地方政府も1999年から改革に着手する計画でした。けれども、今のところ始まったという報
道は聞いていません。国営企業と違って「今日から面倒見ないよ」と突き放せば済む相手ではありません。放任すればいいとこ幸い、地方ごとに勝手なことをするに決まってます。整理を命令すれば強烈な抵抗は必至。何しろ昔から群雄割拠の国ですし、また「上に政策あれば下に対策あり」というお国柄ですからね。朱首相は現在、李鵬など保守派の攻撃を受けてピンチに直面しいるようです。辞任説まで流れています。そんな状況で地方政府の改革まで断行できるかどうか疑問です。改革ができなければ民衆の怨嗟は官に集中する。今までは共産党に代われる組織はありませんでした。しかし、今や共産党の腐敗堕落は深刻で、いくら江主席が整風運動の号令をかけても効果ははかばかしくない。組織力のある勢力が出現すれば共産党は危ない。政府が法輪功を怖れる本当の理由はそこにあるのです。

 (d)将来の展望
 朱首相が失脚し改革が頓挫すると、非効率な国営企業が生き残り、中国の近代化は大きく遅れます。仮に国営企業の改革が順調に進んだとしても、それはそれで共産党弱体化を招く。共産党組織は国営企業の上に成り立っているからです。そういうことで、どの道政治制度上共産党一党独裁を長く維持するのは無理ではないか。いずれは政治結社の自由と多党制民主主義を認めざるを得なくなる。その場合、平和的にそれができればいいのですが、混乱が起こる危険性もあります。そうなると「対岸の火事だ」なんて言っていられない。中国経済の停滞は即ち日本経済のダメージに直結する。また大量の難民が国外に流出する。日本へも万の単位で押しかけて来るでしょう。それは困ります。日本としては経済成長と平行して中国社会が成熟し、政治意識が成熟する(乱暴なことをしない)のを期待するしかない。一方、日本に出来ることがあったら手を貸して上げる。そういう姿勢が必要だと思います。今までも随分していますけどね。チットも感謝されない。

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