32. ピクニック

 <To先生とK先生> 11月8日(日)。市の東郊へ初級、中級合同のピクニック。東郊というのは文字どおり市の東にあって、小高い丘が連なる公園です。ピクニックは故T先生のときからの恒例行事だそうな。生徒は先生と交流したい。しかし、個人的な訪問が重なると先生が疲れるから、まとめて交流しようという趣旨です。

 趣旨は結構だけれど、私一人で何十人も相手にするのは大変。その辺を慮ってか、他にも日本人がいた方がよかろうとR氏が提案する。私も賛成して、この前訪ねた大学のTo先生とK先生にも来ていただくことになりました。

 K先生はこのリポートに初登場ですが、前にTo先生を初めて訪問した際お会いして、ちょっとだけ話をしました。彼はTo先生と同じ大学の専家楼に住んでいます。しかし大学の先生ではありません。その辺の事情は後に彼の打ち明け話から段々と分かってきたのですが、その内容たるや私には俄に信じ難いものでした。彼の体験は「国際交流」だの「あなたも海外で日本語教師を!」などという美辞麗句に惹かれて海外を志す若い人達にとって大変参考になると思われますので、先にここで書いておきます。 

 彼K先生は関西の某私立高校の元国語教師で54歳。同校の野球部監督を30年やってきて地元で
は有名人。まぁそれだけ長くやれば教え子も多いでしょうし、甲子園に出場したこともあるそうなので、どうしたって有名人になるでしょう。ところが60歳の定年に6年も残して急に学校を辞めたくなった。ご本人は「勉強しない生徒を教えるのが嫌になった」と説明しましたが、その他にも教頭候補に挙げられ、他の教師と争いになりそうでそれが嫌で・・・とも言っていた。そして、中国で日本語教師をしようと考え、県庁まで出掛けて調べた結果、東京にある国際文化交流協会とかいう団体が頼りになりそうだと判断した。

 調べたと言っても、県庁の職員は用向きを聞くなり「そこの雑誌でも見てください」とその辺のラックを指差しただけだったそうです。大抵の県は中国のどこかの省または市と友好提携関係を持っている筈です。例えば愛知県は南京市と、長崎県は上海市と提携しています。しかし、K先生はそんな話など全く聞かなかったそう。つまり、県庁職員から一県民に対しての積極的な情報提供は何も無かったということです。そしてラックにあった雑誌、私の想像ではそれはアルクの月刊「日本語」だろうと思うのですが、その中の「海外で日本語教師をしたい人応援します」という国際文化交流協会なる所の広告を見たのです。

 K先生は遙々東京まで出掛け、その協会に入会金10万と管理費月3万の1年分との合計46万円也を払い、念願叶って上海某大学の日本語教師のポストを得たのだそう。で、何で中国なのかということですが、昔から中国好きだった奥さんの影響だとのこと。ともあれK先生はめでたく高校を退職し、8月下旬喜び勇んで上海空港に降り立った。ところが来ている筈の大学の迎えが来ていない。代わりにTo先生が迎えに来ていて、その侭J市の大学に連れて来られた。

 To先生とK先生とはお互い初対面。To先生も東京の国際文化交流協会の斡旋で今の大学に1年前に来た人。突然同協会からK先生の面倒を見るようにとの連絡があって上海へ迎えに出たという。どういうことかと言うと、同協会が99年9月からのポストを98年9月からと早とちりをしたらしい。にもかかわらず、K先生にはそれを告げず送り出した。そしてTo先生に、現地で何とかしてくれと依頼したらしい。随分ひどい話です。ここでTo先生が事情をその侭説明しておけば良かったのに、何故か彼はそれをしなかった。上海某大学の都合でその件は半年先に延びたから、当地でつなぎの仕事を探すことにしようと言ったらしい。K先生にしても、盛大な送別会をしてもらい餞別も貰って出て来た手前、今さらおめおめと帰る訳にはいかない。To先生に頼るしかない。

 私がK先生にTo先生の部屋で初めて会ったとき、彼は私に挨拶しただけですぐまた自室に戻ってしまった。なんか無愛想な人だな・・と感じました。後で聞いたところでは、彼は当時どうしてそういう羽目に陥ったのか事情がよく理解できなくて、協会に対する怒りやらビザ更新の不安(1ヶ月観光ビザで来ているから)やらで悶々としている状態だったのだそうです。

 で、結果どうなったかというと、To先生は大学の知り合いの教授に頼んで大学と日本のコンピューターソフト会社とが合弁して作った公司へK先生をはめこんだ。その公司は日本のソフト会社の下請けをしいる。だから中国人社員に日本語を教える必要があるのです。宿は大学の専家楼に家賃同公司負担で入居させた。余計な話ですが、その家賃が一日190元と聞いてたまげました。月額5700元です。狭い2DKなのに、広い4LDKの我が宿賃の4倍近い。明らかに誰かが中間で甘い汁を吸っています。更にTo先生は東京の協会から、K先生が払った管理費の半分を貰っている(とK先生は言う)。何でも出先で新たなポストを見付けて協会に取り次ぐとご褒美が出る仕組みになっているらしい。この仕組みは早い話がネズミ講ですね。ボランティアをしたいという善意の人を食い物にする商売です。

  ともあれK先生は協会に対して大変立腹していて、更にはTo先生も協会とグルだと疑っており、その反動から今回のピクニックへの招待には喜んで応じてくれました。そしてこれをキッカケに、R氏や私と急速に親しくなります。話は後戻りしますが、私も上海某大学の一件はたぶん嘘だと思います。或いは初めは嘘ではなかったのかも知れない。しかしおそらく、某大学との交渉がハッキリしないうちにTo先生から「J市でこういう仕事がある」という斡旋が入った。それで急遽K先生の派遣を相手先は上海某大学と偽ったままJ市の公司へ切り替えたのだと私は推測します。後ろに協会が付く名前だと、何か公共的な仕事をしていそうな尤もらしいイメージを抱き勝ちですが、K先生の話によるとそこは本当に机一つ、電話一つの部屋だった。会長はベトナム友好団体関係の団体屋らしく、あとサラリーマンリタイアの事務員が一人いただけ。そういう友好、交流を騙るインチキな商売が日本でも結構はびこっている。とかく情報過疎の地方の人がそういうのに引っ掛かるのです。

 ピクニックそのものは丘の展望台まで登り、広場で弁当を食べ、ゲームをしました。面白いと思ったのは初級の生徒が中級の生徒に対して非常に対抗意識を持っていたこと。絶えずK先生やTo先生を中級の生徒から引き離すようにする。もう一つ興味深かったこと。昼飯前に食品公司の3人が帰ってしまった。R氏は参加した生徒達から10元くらい参加費を徴収したらしい。生徒各人と私達教師やSさんの弁当代です。その3人は10元なんて弁当代としては高過ぎる。オレ達はそんな金出せないと拒絶したらしい。帰った連中の月収はおそらく月5百から6百元くらいではないか。R氏にとっては多寡が10元。彼らにとってはされど10元なんでしょう。

 ゲームでは中級の張の小賢しい性格を発見。ゲームは座っている人の円陣の真ん中で鬼に目隠しをする。そして周囲の人の一人を捕まえさせ、それが誰かを当てさせる。張は前もって鬼のところへ行き、何か言っている。そして次に鬼にしたい人、例えばK先生の後ろに立ち、何か言って鬼を誘導するのです。彼の作為に気がついて、どうも虫が好かない奴だと感じました。彼の誘導で私も鬼になった。今度は張の誘導はありません。彼がそれらしいことを言うのを私が断った。生徒各人の特徴は掴んでいるつもりでも、いざ捕まえてみるとそれが誰かは案外分からないものですね。幼稚園の副園長柯だと思った人が、目隠しを取って見たらYでした。

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