36.2回目の密告 忘年会 忘年会。席取りゲーム。

 12月26日。 去る8月に説明会があった科技大厦で、日本語クラスの忘年会。中国人の特性なのかそれとも役人のそれなのか、その両方なのかよく分からないのだけれど、兎に角することが大袈裟。まず招待客が多い。日系会社の社長や社員。大学の日本人の先生と留学生。役所の幹部。更に隣接市の役人やら、近々日本から青年海外協力隊の看護婦さんが来ることになっている医学院病院の主任やら、その他どういう関係か分からない人たち。司会はSさん。こういうとき彼女はヤケに張り切る。彼女自身O先生が呆れるくらい長々としゃべる。その上に来賓みんなに挨拶させるから、それが一通り終わるまでが長いこと。

 極めつけは私に対する生徒たちの挨拶。壇上に立つ私に生徒が一人ずつ下から上がって来て恭しくグリーティングカードを奉呈し、一言二言挨拶する。例えば密告した張は、ヌケヌケと「必ず日本へ行って先生のお宅へ伺います」などと言う。満場注視の中、マイクを持たされているから「お前なんか来なくていい」なんて言えません。にこやかに「オオ待っていますよ」なんて一々応答しなければならない。照れくさいし面倒くさい。生徒が全部で50人はいます。時間がかかってしょうがない。待っている招待客にも気の毒。遂に途中で堪り兼ねて、残りの全員を一遍に壇上に呼び、一括略式で済ませてしまいました。

 儀式が終わって余興に移る。ゲームやらダンスやら。みんなダンスがうまいです。私はどうもダンスは苦手。初級の看護婦の何さんがコーチしてくれるけれど、リズムも足の向きも合わなくて、遂に呆れたらしく向こうがギブアップした。フィリピンでも同じようなことがあったっけ。

 やっとお開きになって、場所を変えて幹事やR氏と一緒に食事に。R氏の茶房の近くで火鍋です。火鍋は当地の最近の流行らしく、模様替えしている店があれば、それは間違いなく火鍋店に生まれ変わるところ。お値段は安いけれど、決しておいしいものではありません。私はビールを飲みながら、豆腐だけ食べる。豆腐だけは中国も日本も味に変わりはないのです。ビールも安い。小売店で地ビールが1本2元。いつも10本単位で買って冷蔵庫に入れておいたものです。

  忘年会は芝居がかった演出が嫌でしたが、カードに託した生徒たちの気持ちは嬉しかった。「先生のお陰で日本語が上手になりました」などと言われれば悪い気持ちはしない。そこへビールの酔いも加わって、自分でも思い掛けないことに自然に歌が出てきた。箸でテーブルを叩いてデカンショ節。店の小姐が目を丸くして寄って来る。中国ではカラオケ以外では、ということは公衆の前では歌は歌わないのだそうです。外国人が歌うなんておそらく驚天動地の出来事なんでしょう。皆さんご存じ「万里の長城でしょんべんすれば ヨイヨイ」という一節。その部分で耳に引っかかるものがあったのか、それとも全部についてなのか、幼稚園の湯園長がR氏に「どういう意味か」と聞いたらしい。R氏は、私は半分日本人ですと常日頃言ってるくらいですから、別に悪いことだとは思っていない。歌詞をその侭訳して伝えた。これが問題になったのです。翌日だったか翌々日だったか忘れてしまったけど、またR氏が「先生。私も嫌になりました」と言ってきた。

  また会議が召集されたのだそう。ポイントは二つ。一つは、中国の象徴である万里の長城に小便かけるとは怪しからん。中国を侮辱するものである。二つ目は、日本とは習慣が違うから女性に触るな。これには「えっ?」となったが、そうか。両隣に座っていた幼稚園の柯とYの肩に確かに手をかけた。しかし随分うるさいね。まるで婆ァの寄り合いだね、これは。今度は誰が密告したのか、考えなくてもすぐ分かった。湯園長からSさんに行ったんだ。私も迂闊でした。年齢から言っても、そもそも彼女があの席にいること自体が不自然。チラッとそんな気もしたのに、無警戒過ぎた。

  あの歌は日本ではどうということはない歌です。また、先生は忘年会で生徒の熱い感謝の念に触れて嬉しかったのです。大変気分が良くて開放的になったんです等々、R氏もいろいろ弁明これ努めたのだと言う。しかし、もう一度先生に注意してくれ、ということになったらしい。前回は黙っていたが、今度は腹が立った。反撃することにした。会議室にO先生、Sさん、小Oを集めさせ、R氏の通訳で言ってやった。まず、あの歌は百年昔から歌われている大学生の歌で、「奈良の大仏屁で飛ばせ」という歌詞もある。要は「デカいことしようぜ」という戯れ歌だ。更に、習慣が違うからどうこうというのは、具体的に説明して貰わないと分からない。いずれにせよ、前の文革云々の密告も含めて、小さいことで一々うるさいことを言う奴は、私に対して悪意があるとしか思えない。一体誰ですかその人は? そう言いながら、わざとSさんと小Oの顔を見てやった。両人とも素知らぬ顔をしている。

 「デカンショ」というのは哲学者デカルト、カント、ショーペンハウエルの略。学生にとって哲学は難し過ぎ、半年はノイローゼになって云々という私の説明に、O先生は何だか嬉しそうだった。この人は少し書生っぽいところがある。そういう話は好きなのです。彼はこういう釈明をした。「歌の件は先生の説明でよく分かりました。習慣の違いというのは例えば、先生の奥さんの歓迎会でも私と奥さんの二人だけの記念撮影はご遠慮します。それが中国の習慣なんです。まぁ聞いていることは私も大したことではないと思いますが、何しろみんな外国を知りませんから、一つその辺をご理解いただきたい」。至って低姿勢です。

 Sさんはそんなんじゃ生ぬるいと思ったのか、「前にアメリカ人を英会話の先生に呼んだことがあります。その人はいきなり中国人の膝に座るんです。注意したら、そんなのアメリカでは何でもないと言って聞かない。それで大喧嘩になって、結局帰国してもらいました」。やっぱり会議を召集したのはSさんだな。そのアメリカさんは、膝に座るというんだから女性か。でもさ。肩に手を掛けたくらいでこんなに騒ぐんなら、ダンスなんかすんなよナ。馬鹿馬鹿しい。結論は、歌の件は先方了解。習慣云々は私としては納得いかないが、今後誤解を招かないよう気をつけましょう・・・ということでお開きに。

 そんな事件を挟んで、年末は大晦日までびっちり授業をやりました。社会主義国なのに、聖誕祭とかいって結構みんなパーティーをするらしい。理由は何でもいいから遊びたいということなんでしょう。22日辺りでもうみんなソワソワしている。だから気を利かして24、25の両日は休講にしました。みんな大喜びでした。その埋め合わせに大晦日まで使って授業しました。それくらいやらないと帰国までに予定の課まで終わらないのです。

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