38.修了までの授業  授業は4日から開始。この国は旧正月ですから、祭日扱いは元日だけ。たまたま2、3日が週末に当たり連休になったのです。 修了式にはスピーチコンテストをするということで、初級も中級も12月からその為の練習を開始しました。

 まずテーマを決めさせ、原稿を書かせます。私が目を通し、大きい欠点だけ直す。細かい欠点は一々直さない。それをやると私のスピーチになってしまう。つまり、生徒の持ち味がなくなる。更に毎授業に2〜3人ずつ、本番のつもりで練習させる。発音不明瞭と声が小さい場合だけ注意しました。聞こえなくてはスピーチになりませんから。

 中級は順調に進んでいましたが、初級はこの頃、問題が多かった。14〜15課以降、ということは「て形」が入って来てから、ついて来られない生徒が増えました。勢い何回も復習を繰り返します。速度が落ちる。脱落する生徒も増える。ピーク37名の生徒が時には20名を切るようになりました。但し、減少は必ずしも全部が全部落伍ではありません。前からの予定どおり日本に出発した者が何人かいます。その連中の日本への渡航の手引きですが、これはR氏の線ではありません。各人が独自に得たルートで渡ったようです。分かり易く言うと、日本行きが決まっていて、たまたま市政府で日本語クラスが開講されたと聞き、渡日までの間勉強しに来ていたということです。例えば杜は日本人との結婚で渡航しました。どういう経緯で結婚することになったのかまでは聞きませんでした。

 問題の二。Yの我が侭が目に余るようになった。他人に対する質問でもすぐ口を出す。これはしかし、一般に中国人の殆どがそうなんですが、Yは特にひどかった。いくら注意しても慎まない。またこの人の悪い癖で、できない生徒を馬鹿にする。マナーが悪いわけです。でもですね。これはクラスの編成に原因がある。と言うのは、学歴で言えば初中(日本の中学)止まりから大学卒まで混在している。現実にYは師範学校の教師。Yが今教えている生徒以下のレベルの人がYと机を並べて学ぶのは本来無理なのです。金さえ払えば猫でも杓子でも入れてしまう弊害ですね。

 問題の三。12月頃初めて知ったのですが、既に日本への就労斡旋候補に決まっている生徒が3人いるとのこと。名前を聞いてビックリ。できない生徒ばかり。どうして?とR氏に訊ねたところ、一人はO主任(O先生ではない)の娘婿。後の二人はSさんのコネだと。おそらく精勤しないと候補から外すと言われているのでしょう。この連中は出席率はよい。けれども、単に来ているだけ。つまり、日本に行けると安心し切っていますからまるで熱意がない。日本のコネはR氏が握っている。幾らO主任やSさんのコネがあっても、R氏に手数料払わなければ日本へは行けない筈。その辺はどうなっていたのかな。私には関係ないことなので聞き忘れましたが、聞いとけば良かった。

 こんなにレベルや熱意に差があると、どこに焦点を当てればよいか教師としては非常に困ります。真ん中辺りに合わせてもYは不満です。そうかと言って上に合わせたら、下がついて来られないのは明白。そこで、Yには他人に口を出すなと、毎度毎度注意しながら授業を進めていました。しかしそれでも聞かないから、到頭ある日「出て行け。もう来なくてもいい」と叱りつけてしまった。後にも先にも生徒を叱ったのはこの1回だけです。Yは少しおとなしくなりました。

 次にテストの問題。L氏が「卒業試験が必要ですから問題を作って下さい」と言ってきた。作るのはいいけれど、できない奴は落第させるの?  「いやぁー、それはどうですかね」落とさないんならやってもしょうがないんじやない? 「やっぱり形が必要ですから」そう。それなら・・。ということで初級は新基礎T、中級はUのそれぞれ最後の復習問題を出すことにしました。そうしたらL氏がクレームをつけてきた。Tの最後の復習問題は全体の締め括りの問題ではない。23〜25課のまとめではないか。それでは困ると言う。細かくてうるさい奴だと思いましたが、ただ出席しているだけという生徒もいることだしするから、仕方なく易しい問題を作ることに。

 結果はどうだったか。中級は何の問題もありませんでした。初級は、孫と欒がYの両隣に座り、幼稚園の園長と保母は副園長の柯の周囲に張り付いてカンニングをする。こちらは見て見ぬ振り。この連中とは別の生徒で60点を切ったのが二人もいました。修了認定は主催者が決めることですから、私は何も言わなかった。なお、Sさんは試験を受けない。こういうときは知らん顔を決め込む。卒業式、いや修了式では全員に修了証が渡されました。金を取って落第はさせられぬということでしょう。
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