40. コンテスト  1月23日。上海空港にA氏ご夫妻を出迎え。美麗園大酒店に一泊して、24日早朝上海発の新空調特快(火車)でJ市へ。この列車は全車両が日本で言えばグリーン車です。座席はヘッドカバー付きで清潔ではありますが、ゆったり度では日本のグリーン車の方が上です。

 上海駅では駅頭で雇った荷物運搬人(出稼ぎ農民)が「列車に間に合わないから走れ」と急かす。仕方がない。大きい荷物を抱えて走りました。74歳のA氏には応えたらしい。席に落ち着くなり「こんなの無理だよ」と叱られました。出稼ぎ男は最初5元と言ったのに、支払いになったら30元寄越せと言う。その為に走らせたのか。20元に値切ったけれど、後で中国人に聞いたら10元くらいだろうと言う。それにしても最初の5元からいきなり30元とは随分吹っかけるモノですね。考えみれば向こうはダメモト精神で言って来る。それをまともに聞いてはダメなんだ。私もまだまだ甘いと痛感しました。

 車中、隣の初老の中国人が日本語を聞きつけ「私は少し日本語が分かります」ということで歓談。日本に何回か技術研修に行ったというサンヨーの技術者。初め日本語。しまいには英語。この人は無錫で降りて行きました。Aさんは車内販売のお年玉用百元パックを幾つも買った。本物の紙幣百元がきれいに包装されているんです。現金が商品になる辺り、日本と違いますね。

  J市に着きホテルに投宿後、近くの川っ縁の屋台で昼飯。文字通り手で引っ張り叩き付けて作る拉麺。この拉麺はJ市でここ1軒だけ。A氏夫妻には初めての中国食。丼も箸もきれいではありません。大丈夫かな?と心配でしたが、「おいしい」と食べていただいてホッとした。因に、中国の拉麺はかん水を使わないから、味はうどんに近い。拉麺と聞いて日本のラーメンの味を期待するとガッカリします。

 食べ終って修了式会場の科技大厦へ。型どおりの来賓挨拶の中にA氏が飛び入り。出発前特訓したという中国語です。ときどき笑いが起きたから通じたのでしょう。

  コンテストの結果は、ほぼ予想どおりでした。全く先入観念のない人たちも私と同じ判定を下したわけです。

 <中級>  一位 郭    二位 朴    三位  韋、胡

 日頃の実力からすると朴の方が上。ところが朴は普段通りの衣装にノーメイク。一方、郭は衣装も余所行きならメイクもしっかり。元々目鼻立ちのくっきりした美人です(少し西方系が入っている)。そして思い入りタップリの話し方をした。おそらく僅差でトップになったと思われます。美人は得ということ。

  <初級>   一位 Y     二位 顧    三位  何、張

 張だけが予想外でした。皮膚病予防所の医師。スピーチ途中で言葉が出なくなった。台詞を忘れたのです。それでもギブアップせず、懸命に思い出し、つっかえながらも最後まで話しました。それが点を集めたのでしょう。ところが本人は失敗したと思って、結果発表まで待たずに帰ってしまった。結果が出てから電話したら、大急ぎで戻ってきました。

 スピーチのテーマとしては「技術が進んだ日本、勤勉な日本、経済発展を遂げた日本」と、「歴史のある町J市」を取り上げる者が多かった。話し出しで「先生のお陰で日本語が話せるようになりました」と礼を言う者がかなりいました。そう言われると複雑な気分になる。単なる社交辞令と受け取りながらも、「もしかして本音かな?」という気持ち、多少の嬉しさが交錯するのです。

 最後に私の挨拶。生徒の上達は彼らの資質と努力のせい。私の能力のせいではない。この5か月、私は日本語だけではなく日本文化も教えたつもり。みんな時間を守ることはできたが、他人への配慮が不十分。例えば、このコンテスト中も私語が絶えない。自分の欲望を抑え絶えず全体の調和・利益を考えるようでなければ、決して日本には追い付けないと知るべし。

 辛辣過ぎたかも知れない。でもそれは本音です。O先生は渋い顔をしていました。

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