41. 密告余聞・送別会  仕事は全部終えた。立つ鳥跡を濁さず。翌日から身の回りの物の整理。衣類。書籍。人に上げられる物は上げ、送り返す物はすべて梱包して送る。その送り方ですが、これから中国に行かれる方は参考にしてください。

 まず、郵電局で専用の段ボール箱を買う。これはなかなかしっかりした箱です。これに荷を入れた後封をせずに局に持ち込み、チェックを受ける。それが終わって初めて封ができる。最後に航空便か船便か、保険を付けるかを聞かれる。これだけの交渉は私にはできません。小Xがいないと困る。小Xが役に立ったのはこういう時だけでした。

 送料は高い。中くらいの段ボール箱二つを船便で送って、確か7百元くらい。邦貨1万円に当たります。この国には、つい最近まで外国人料金があった。例えば列車にしろ飛行機にしろ、外国人からは2倍3倍の運賃を取った。取れるところからはうんと取るという考え方です。今はそれは廃止されましたが、しかし頭に国際と名がつく料金は未だにみんな高い。例えば航空運賃、郵便、電話料金。制度はなくなったけれど、考え方は残っているんです。

 事務室で荷の整理をしていたらSさんに電話がかかり、長々としやべっている。だいたいこの人は始終電話していました。声も大きい。いつものことですから、初めは気にもしていなかった。しかし、応答ぶりが次第に尋常ならざる気配になって来て、遂に怒鳴り始めた。たまたま私の横にR氏がいたので「いったい何なの?」と聞いたら「喧嘩です」。えっ!相手は誰?「Yです」。Yがまた何で? 「告発すると言っているようです」。告発とはまた穏やかではない。しかし、ピンと来た。これはあの1件と関係がある。

  万里の長城事件のとき、R氏がSさんに誰が密告したのか聞いたら、Sさんは「Yだ」と言ったという。それは嘘に決まっている。しかし、Yには授業で手を焼いていた。それで、次に会った時に「君は先生を密告したのか」と言ってやった。Yは勿論否定しました。犯人は湯園長に間違いない。だが私それから後は、Yとはわざと口をきかないようにしました。授業中の態度に腹を立てていたからです。YはR氏に情報元を確かめたらしい。それがSさんと聞いてすぐにでもねじ込みたかったのでしょう。けれども、全課業が終わるまでは自重したに違いない。コンテストで晴れて1位になり、修了証書も貰って後顧の憂いはなくなった。それで怒鳴り込んだのです。

 告発とは「公務員なのに授業料をくすねている」ということではないか。Yはクラスが始まった時から、授業料が高過ぎると言っていました。Yだけがそう感じていたわけではない筈。生徒はみんなそう感じていたに違いない。ただ口に出さなかっただけです。Yは性格がきつい。これはR氏に聞いた話。丁度私の滞在中、長江の洪水被害に対して政府が募金を呼びかけていました。Yの学校では給料から2百元とかを天引きしたらしい。Yは怒り狂って「今度天安門で事件が起こったら、すぐに駆けつけて共産党幹部を機関銃で撃ってやる」と職員室で怒鳴ったそうです。「凄いことを言うもんだ」と、共産党大嫌いのR氏も驚いていました。

 もう一つ。家内が来ているとき彼女とお化粧の話をした。家内が「貴女はきれいだ」と褒めたら、「これは入れ墨です」と告白した。眉と睫です。私はそれまで知らなかったのですが、それは日本でもあるんだそうですね。しかし痛いとか、老人になってからのこととか、いろいろ問題がありそうです。にもかかわらず断行するところがこの人並ではない。女性の方はどう思いますか? えっ、そんなのどうってことない?

 そういうゴタゴタが或はSさんの心理に影響したのか、27日に行われた生徒参加の送別会は淋しいものでした。そもそも場所がよくない。湯園長の幼稚園です。科技大厦は有料らしい。おそらく、無料だから幼稚園を会場に選んだのでしょう。一応舞台がありマイクなどもあってそれ向きではあるのだけれど、照明が暗く床がコンクリート。おまけに暖房がなくて寒かった。

 型どおり挨拶があり記念品の贈呈があって、その後はカラオケとダンス。暗くて寒くては気分も盛り上がらない。O先生が率先して歌を歌うが、後に続く者がいない。ダンスはいくらか踊る者がいる。私は元々ダンスは苦手だから椅子に座って眺めていた。Sさんが踊れと言う。私は「いえいえ」と手を振る。喧嘩の結末はどうなったのか、今度は通り掛かったYに「先生と踊れ」と言っている。Yは何か言って断った。後でR氏から聞いた話では、「いつも抱き合っているからいい」と言ったとのこと。R氏に言わせると、この科白はYの見栄なのだと。それにしても凄いことを言うものです。知らない人は本当だと思うだろう。実際はYは身持ちが固い。R、Xi、S2(処長とは別人)の3人の男たちと一杯やったとき、Yの話になったら3人とも「彼女は固いんだよなぁ」と言っていた。それを聞いておかしくておかしくて、私は笑いをかみ殺すのに苦労しました。

 この送別会もだけれど、最後の給与の支払いにも腹が立ちましたね。明日送別会というのに支払いがない。金銭のことを言いたくなかったけれど、しょうがないから小Oに請求しました。小Oは「あ、忘れていました」と言い、送別会の席上で持って来た。中を見たら授業最終日までの分しか入っていない。私は大分前から、1月末まで滞在すると予告してあります。後の始末がある。授業が終わったその日に帰れるわけがない。そのことはO先生も了解済でした。にも拘らずこういうことをする。カチンと来ましたね。もう一つ。来J時はスタッフの歓迎会があったのに、送別会はない。向こうの都合で支出を最小限に抑えようとしているのが見え見えです。会計はR氏が握っていたから、給与と送料の問題は一応R氏に投げかけてみた。だが、彼は生返事。

 私のことはもう終わりだからいい。しかし、こんな風では次のHAさんも苦労するだろう。それで滞在中いろいろ感じた問題点を、責任者のO先生に直訴することにしました。しかし生憎、彼は翌日から北京へ出張すると言う。仕方がないから書き置きをしてきました。書いた事はまず、Sさんに2回も申し入れしたにも拘らず、文書による契約を結ばないのは我々の常識に反する。次に、給与の起算日は到着日になっているにも拘らず、授業終了日をもって最終日としているのは納得できない。これは、授業が終わったらサッサと帰れと言っているに等しい。甚だ失礼ではないか。最後に衣類、書籍の送料が予想外にかかった。これは必要経費である。渡航費を払えとまでは言わないが、前記2点に送料の件も加え、後任のHA氏には適正な処遇をされるよう希望する。

 帰国後受け取ったO先生からの返信。まず、「直接話してほしかった」と書いてあった。次に、「これを一つの経験として、HA氏には正しく対応する」とあった。Sさんからは湘南国際交流会にFAXが来た。曰く、「あの先生(私のこと)は教え方は故T先生より上手だった。また非常に真面目だった。しかし、中国の習慣にはなじまなかった。今度来る先生には、こちらの習慣を守るようによく言って欲しい」。第一感、これは私の書き置きに対する報復だな、と感じました。

TOP  前頁 NEXT