49. 落ち穂拾い-6  6. 冬 冬は寒かったですね。日本だって冬は寒い。仮に摂氏0度を例にとって、日本の0度とJ市の0度とは違うのか。同じ筈です。でも感じが何か違う。寒気が骨に食い込んでくるんですね、J市では。何でだろう?

 初めは湿気かな? と思いました。でもあまり、と言うより殆ど雨は降らない。だから乾燥している筈。すると海に遠いからということかな?  上海から数百キロ内陸へ入った所です。感じで言うと東京から宇都宮くらいでしょうか。やはり内陸部は寒い。

 もう一つの原因は建物の構造。木の部分が少ない。私の宿は寝室だけ床に木を使ってありましたが、あとは壁も床も全部タイルかモルタルです。そして、隙間が多い。立派なダイニングキッチンでしたが、換気扇用の穴に換気扇が無い。代わりにビニールを張ってあった。それが破れているからスースー風が入ってくる。バスルームにも煙突用の穴があり、これにも破れビニール。サブ寝室のガラス窓は常時少し開けてある。物干しの綱を外の格子に引っ掛けてあるから。そして、暖房がない。いえ、寝室にはシャープの空調がありましたが、これはまるで効かなかった。こんなですから、屋内といえども屋外にいるのと大して変らないわけ。寝るときはパジャマの上にセーター、パラシュート生地のズボンをつけて寝ていました。

 寒いと感じるのは私だけじゃなかった。隣の大家さんの家を覗くと、皆さん厚いオーバーを着込み靴履いたまま。つまり外にいるのと同じ格好で暮しているんです。よその家も同じ。冬はかえって暖房がある河北省とか東北部の方が暮し易いのではないでしょうか。

 もう一つ嫌だったこと。それは石炭。11月頃から石炭の匂いが強くなってくる。集中暖房を始める建物があるのか、それとも銭湯のせいなのか。空気が悪くなってくると同時に雲が低く垂れ込める曇天が続く。いや、反対かな? 雲が垂れ込めるから空気が悪くなるのか。で、鼻毛が伸びるんです。体は自然に防衛するのですね。現地で買った臙脂のハーフコートが一冬で薄黒くなった。帰国するとき捨てて来ました。

 先ほど申しましたようにバスルームも外気が入ってきてスースーする。電気温水器からバスタブにお湯を入れる。温水器一杯で六割程度しか入りません。足を完全に入れれば上半身が浸かれない。上半身を沈めれば足が曲がって外に出る。それに電気温水器のお湯ってすぐに冷める。外へ出て体なんか洗おうものなら、再びバスタブに浸かったって暖まらない。忽ち風邪を引いて、ウチで風呂に入るのは諦めざるを得なくなった。そこで帰国するまで銭湯に通いました。

 銭湯と言っても日本のそれとは大分趣が違います。一番の違いは・・・。いや、単純比較は無理ですね。まるで違う物だと考える方がいい。日本の銭湯に比較的近い物もあります。それは住宅地にあって比較的小さい。行ってみると着替え場なんか隣の人と接触せずには着替えられないくらい狭い。休閑室なんか無いか、或いは狭い。本来の体を洗って暖まる機能中心で、その他の付帯物が無いか少ないのです。料金も安い。

 これで幾らかお分かりのように、大体こちらの銭湯(浴室と名乗っている)は休閑室が広いのです。そこにはリクライニングシートがズラリと並んでいる。寝転がった視線の先にはTV。お茶やマッサージ、修脚のサービスもある。勿論有料ですが。浴室には大体サウナが付いている。遅く行きますと、浴槽(こちらでは大池と言うらしい)には入れません。厚さ10cmはありそうな垢の層ができている。その下は紺色に近い湯。何か薬品を入れているんです。浴室入り口には必ず「性病の人は入るな」と書いてある。

 このように日本の銭湯とは広さが違う上に、清潔度が決定的に違うのです。日本の場合、体は洗い場で洗う。中国では、前に<揚州>に書きましたが、浴槽の縁に腰掛けて洗う。当然、石鹸の泡と垢が浴槽に流れ込む。その汚い湯をかき分けて彼らは浸かる。更に浴室内の溝に小便をする。そう言ってはなんですが、同じ人間のすることとはとても思えません。ですから私、浴槽に浸かったことは殆どありません。大抵サウナに入っていました。これも効きが良い浴室と悪い浴室がある。悪い所へは二度と行かない。幾つも回り歩いて結局、Xiさんの住まいに近い市政府の対面の官舎街にある浴室へ行っていました。ここのサウナはコックを捻ると周囲が見えなくなるほど景気よく蒸気が出た。だから体が暖まる。

 でも、ですね。暖まって外へ出、約15分歩いて帰ると、路面が凍っているときなんか、帰り着いたときには髪の毛が凍ってバリバリいう。だから大抵タクシーで帰りました。後にハルピン医科大学から声が掛かったとき、冬は零下30度になると聞いてそれだけで寒気がした。勿論、一も二もなくお断りしました。私は夏には強いけれど、寒さには殊の外弱いのです。
TOP  前頁