03.10.08  紫 陽 鎮
李坑一
李坑二
李坑三
李坑四
左2枚は李坑の風景。右2枚は建物の入り口と内部。李坑も延村も思渓も建物の造りは殆ど同じです。

 古代人@厦門です。続きです。

 暫く走りましたら、横の席に座っていた女の子が、少し尻をずらして空けたスペースに座れと言う。女の子二人連れです。「不要」と言って謝絶。何回も勧められましたが、その都度断った。そしたらそのうちに二人共立って、奥の窓際に座れと言う。あまりにも決然と言うので、仕方なしに座らせて貰いました。女の子達は通路側の席に重ね餅状に座っていましたが、結局座り心地がよくなかったのでしょう。そのうち一人が立ってしまった。気の毒でした。

 どこから来たのかと言う。「Japan。現在厦門」。相手は景徳鎮の大学と専門学校の学生。休みで帰郷するところ。同じ紫陽鎮まで乗って行く。「じゃ、着いたら一緒に食事して、それから古鎮を案内してくれない?」。「言葉が出来ない」。「いやそんなの気にしなくていい」。一人は少し英語が出来るからそれで十分。「それならOKです」ということで、忽ちガイドを獲得してしまいました。

 紫陽鎮までの所要時間を訊ねましたら2時間と言う。そうそう。バックパッカーの若者は景徳鎮→紫陽鎮間70kmと言っていた。こりゃ大変。着いてから食事。それから行動開始するとなると、Hommaさんの情報では午後の2時には車が無くなるという話。もしかしたら足が無くて、今日は何もできない。でもここで騒いでも何してもどうにもならない。運を天に任せることに。

 道は舗装されていますが、状態は良くない。揺れます。道々、農家の人が路上に籾を干している。それを避けながら走る。天下の公道はオラがものという感覚なんでしょうね。安徽省との省境に近いというから山間かと想像していましたが、案外広闊です。小さい山がポコンポコンと散在していて、その間がよく耕された田畑。所々「うだつ」付きの家並みが。漢字で書くと「卯建」か、それとも「卯達」か。これについては司馬遼太郎が、「街道を行く」の伊予編か備中編かで書いていましたね。「江南のみち」の紹興の所にもあったような気がします。とにかくWuyuanまで行かなくとも、景徳鎮郊外ですぐに古鎮にお目にかかれます。ただ、この辺の集落は観光地化していないだけ。

 紫陽鎮まで結局2時間弱かかりました。市街手前の橋の袂で下車。女の子は「ここで食事しましょう」と目の前の紅十字病院へ入って行く。ハテ? 病院で食事とはこは如何に。謎はすぐに解けた。地下に食堂があって、片方の子のお兄さんがやっているんだと。注文聞かれたから「一汁一菜」と答えた。挽肉入り豆腐、空心菜、紅鯉の煮付けにご飯。全部おいしかったです。しめて50元。

 食事中、一人の子が厳しい顔して「貴方は中国に好意を持っていると伺ったが、ちょっと聞き難いことを聞きたい。好マ?」と言う。これ筆談です。相手の書いた文章は捨てちゃったので原文はここに書けません。そのときの私なりの勝手な解釈です。「ハイ。何でも聞いて頂戴」。「珠海で日本人買春団が問題を起こした。貴方はどう思うか」。ホウ。それは知らなんだ。

 まず、「売春というのは世界共通の問題。中国だけにあるわけではない」。次に、「珠海にも深センにも厦門にも売春する女性は一杯いる。供給が無ければ買いには来ない。だから第一義的には供給側に問題がある」。第三に、「しかし、供給があっても求めなければ成立しないことだから、形の上から言えば責任は五分五分でしょう。で、その珠海の事件は詳細を知らないから何とも言えない」。相手は「日本人が無理強いした」と言う。「それは無いと思う。私が一人で旅行してホテルに泊まると、求めてもいないのに大抵夜フロントからその種の電話が掛かる。供給側が非常に熱心なんだよ」と言ったら、黙ってしまった。ちょっと可哀想な気がしましたが、私は中国では、どんなに微妙な問題であっても、決して曖昧なことは言わないことにしています。

 閑話休題。食事を終えて、Hommaさん情報の東線(李坑→汪口→暁起)に向かうことにしました。どうも北線(延村→思渓→清華鎮→彩虹橋→理坑)よりも東線の方が近そうな感じでしたので。「タクシー呼ぶかバスにするか?」と聞くから、「随便」と答えた。そしたら彼女たちはバスを選んで、バイクタクシーでバスターミナルへ。一人1元。

 このタクシーというのは、後で考えたら変な話でした。と言うのは、紫陽鎮ではついぞ所謂タクシーは見掛けなかった。幌付き三輪車ならチラホラと走っていました。その車のことを言ったのかもしれません。ここでは主力はバイクタクシーです。でも旅行社を使えば、チャンとした自動車を調達出来るのかもしれません。その辺は調べて来ませんでした。

 町外れのターミナルからミニバスで李坑へ。あ、これ、李坑行きということではなく、そこを経由してどこかへ行くバスです。一人3元。15分くらい走ったでしょうか。道路の舗装は極めて良好です。李坑入り口で降り、またまた待機しているバイクタクシーで李坑のゲートまで。幾らも走らないのに一人2元。立派なゲートと切符売り場が出来ています。入場料一人20元。女の子達は地元民ということでタダ。

 集落の中に小川が流れています。舟行のサービスもある。僅かな距離なので一隻で5元。川岸に洗い場があって野菜だの肉などを洗っている。そういうところは周庄など江南の水郷に似ています。違うのは家の造り。みんな「卯達」付きの家。ブリキの順路マーク板があり、それに従って歩く。何か特色のある建物に第○景点と番号が付いている。入ると「ここは明代に作られた家」とか「清代中期に作られた」とか故事来歴を書いたボードがある。しかし、珍しい感じがするのは最初のうちだけです。そのうちにどこも同じ構造だし、小さい家ばかりなので飽きてくる。

 ここで印象に残ったのは、舞台というのかな? 広い芝生の中にお堂のような屋根付きの演台があり、我々が行ったとき丁度民俗色豊かな若い女性の踊りが始まったところでした。 勿論中国楽器の伴奏付きです。ずっと見ていたかったのですが、女の子達が退屈そうだったので適当に切り上げました。もう一つ。集落の外れに丘があり、順路がそこに登るようになっている。その丘の上から集落を一望できます。これはなかなか絵になる景色でした。

 宿屋もありました。一軒ちょっと覗いてみましたが案外清潔で、ツインで30元ということでした。シャワーもあります。トイレの中ですけれど。翌日回った延村、思渓に比べると、ここは商売熱心。寄ってけ、食べてけ、買ってけ、乗ってけと誘いが多かったです。「観音廟」と張り紙がある家の前を通ったときなんか、ちょっと見て行けと言うから入ったら小さな観音像が置いてあって、「この線香を上げると霊験あらたかだよ」と線香を売り付ける。まぁそんなことで、ここは観光地化、俗化著しいという印象でした。

 この先は汪口ですが、もう行くのは時間的に無理と判断。女の子達も何か用事がありそう。何回も携帯で電話している。それで再びバイクタクシー、ミニバス乗り継いで町に戻りました。午後3時半だったでしょうか。Hommaさん情報の金牛、良友、友好の3ホテルを示したところ、女の子達は「ここは高いと思います」と言う。で、バスターミナル近くは軒並みホテルなので、ここらで探すことに。初っ鼻入ってみた店構え立派な錦江大酒店は400元と言う。その隣の東方賓館は180元。その部屋は表通りに面している。裏通りに面した少し狭い部屋(どちらもツイン)だと150元。表通りはクラクションがうるさい。裏通り側の150元の部屋に決めました。

 彼女たちの家はここから少し離れた梅村という所だとのこと。なるべく安く上がるように配慮してくれたり、道中「不要」と言うのに私のリュックを背負ってくれたり、とても親切にしてくれました。デジカメで撮った写真をE-mailで送ると約束して、彼女達とはここで別れました。こういう出会いがあるのが個人旅行の良い点ですね。

 なお、午後2時過ぎると車が無くなるという情報でしたが、そんなことはなさそうな感じでしたよ。夕方までバイクタクシー、ミニバス、時に三輪車が走り回っていました。       (続く)                
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