01.06.26  四川省・綿陽

五虎上将像
五虎上将像。三国志ですね。詳しいことは知りません。綿陽でたった一つの観光ポイントらしい。

 01.07月をもって上海師範大学の任期終了となりました。そこで、帰国する前に、家内念願の秘境九寨溝に旅しました。上海春秋旅行社主催の四川省南部7泊8日のツァーです。費用は確か一人3000元強だったと記憶しています。以下はそのリポートです。ただし、この旅行から帰ってすぐ(僅か3日後)、今度は雲南省の旅に出ましたので、この旅行について記録を書く時間がありませんでした。今(04.03.15)記憶でこれを書いております為、細部については必ずしも正確でないことをお断りしておきます。


 6月26日。上海・虹橋空港夕刻(たぶん7時頃)発のMUに搭乗。航空券は予め参加者個別に届けられていて、各人勝手に乗り込む。ですから、この時点ではツァー構成員が何人くらいかなどは全く分かりません。機材は細い鉛筆のようなMD。この飛行機は客席が狭い。そこへもって来て中国人は荷物をたくさん携行する。その置き場所確保の為に先を争って乗り込みます。見ていて終戦直後の列車を思い出しました。ハハ、年が分かる?

 乗り込んでからも大変。同じグループなのに席が離れていると、お互いに隣り合わせになるべく勝手に他人の席に座ってしまう。後から来たその席の客と揉めるんです。彼らは静かに話せないんですね。声が大きいからもう大変な騒ぎ。そこへいくと我々は静かなものです。そうそう。我々というのは、家内の他に上師大へ語学留学に来ておられる日本人のお友達AさんとKさんがご一緒。同行4人です。

 綿陽までの飛行時間は確か1時間半くらいでした。普通、九寨溝へ行くのには成都から入る。何で綿陽なのかな? と思っていました。いえその前に、綿陽ってどこにあるのかも知らなかった。しかし、この旅行が終わってから振り返ってみると、旅行社が綿陽をゲートに選んだのは極めて合理的と分かりましたね。その理由の第一。九寨溝へは成都より綿陽の方が近い。第二。成都から入ったら(楽山方面も回る場合)また成都へ戻らなければならない。同じ道を戻るわけです。これはムダ。第三。綿陽空港は新らしい。そしてローカル。おそらく割引率も大きい。したがって旅行社にとってはメリットが大きいはず。なお、地図で調べたら綿陽は成都の東北にありました。

 空港の到着ロビーに現地ガイドが待っていて、そこでツァー客の点呼。ここで初めてツァー編成になるわけです。ところがこの点呼に随分時間がかかった。呼ばれて出て来ない人がいる。出て来ないからガイドがあちらこちらと歩き回って名前を呼ばわる。そのうちに客の中の若い娘がガイドに近寄って何か言った。そしたらガイドは空港の事務室の方へ走って行った。

 あとで分かったこと。出て来なかったのはこの娘の両親。機内で母親が具合が悪くなった。着陸してすぐ、父親が付き添って空港の救急室へ入った。点呼の場にいないんだから呼ばれて出て来るわけがない。なら最初からその場にいた娘がすぐに事情を説明すればいいのに、どういうわけかそれをしなかったんです。結局母親は入院。父親と娘は予定どおりツァーに加わることに。妻が入院するのに夫がなんで? と普通は思う。でもあとで聞いた話では、そんなに重症ではないが、そうかと言って山に入っちゃってから悪くなったらもう没弁法。ここは大事をとって・・・という判断だったらしい。なんせ3000mを超える高地へ入るわけです。これも賢明な判断と言うべきでしょう。

 そんなわけで、バスに乗って空港を離れた時は既に午後9時を回っていた。総勢28人くらいでしたか。ホテルまでの道は暗かった。それは時間が遅かったからだけではなく、この綿陽という町が一風変っているせい。普通は畑から自動車修理屋みたいな店が並んでいる場末になり、そして住宅地・商店街になり、ホテルに着くという順序。ところが、ここはそうではない。道は一貫して下り。空港は高い所にあるということ。やがて川沿いの道になりかなり走った。団地風の建物がチラホラ見えたが、商店街みたいな街らしい街がない。だから暗い。やっと着いた所は新開地みたいなエリア。ショッピングモールらしい巨大な建物が並ぶ一角にホテルがあった。長虹という名前。真新しい。周りのその巨大な建物は無人。薄気味の悪いエリアでした。

 ホテルに入ってすぐに災難が。家内がシャワーを使ったら浴槽にドンドン水が溜まる。栓が開かないんです。客室係に電話。小姐が来て、修理係を呼びに行き、それが居なかったといって別の素人らしい男が来、状態を調べて工具を取りに行き、直しにかかってうまくいかず。工具を取り替えて来てまたうまくいかず。その間こちら寝るわけにもいかない。結局直らなくて壊してしまった。「もういい」と修理は断り、私はシャワーしないで寝ることに。時計は12時を回っていました。なお、その浴槽は「TOTO」でした。世界に冠たる日本製品が、新品なのに不具合って言うんじゃあまりにも情けない。

 06.27。市内の三国志ゆかりの公園を見物。馬に乗った何人かの武将の像があります。ここは蜀の国。劉備元徳の部下でしょう。最近作った公園のようでした。名前は忘れました。ここの観光はそれだけで、バスは平武に向かいます。市内を走っていて益々奇妙な町だという印象が。団地があちらこちらに散在している。しかし、町の中心部みたいな部分が見当たらない。ここはおそらく古い町ではない。

 あとで分かったこと。ここは長虹集団というコングロマリットの本拠地でした。元は軍需産業。今でも例えばジェット戦闘機の射撃管制装置などを作っているらしい。毛沢東が沿海部から軍需産業や大学などを内陸部に疎開させたときにここへ移って来たらしい。だからこの町は企業城下町。団地は従業員の社宅でしょう。我々が泊ったホテルも、名前からすると、この会社の経営と思われます。
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