01.06.29  黄龍から茂県へ

 翌朝は7時くらいの早発ち。天候は一転して雨。黄龍に向かいます。どちらの方角に向かっているのかよく分かりませんでしたが、概ね北の方角ではなかったか。いずれにせよ山腹を縫う九十九折りの険しい道をよじ登り、峠を越えて九寨溝渓谷から出ます。この辺は工事中で泥んこの悪路でした。今はきっと良くなっているでしょう。この峠で、周囲にかなりの高山が幾つか見えました。黄龍はそのうちの一つだそう。4000m超だったかな。当方ハナッから登る気はない。そう聞いても、「アアそう」ってなものです。前の陛下みたい。

 川主寺という集落に入る。ここが黄龍の登山口。まず早めの昼食。上がホテル(と言っても木賃宿レベル)、下がレストランになっているところでした。いやいや、前もって情報は得ていましたが、この食事はひどかった。まず桶に盛られて出て来たご飯がパサパサを通り越してパラパラ。指の間からこぼれるくらい。お菜は主として野菜、山菜の類。馬鈴薯も出て来たけれどこれが小粒。そうか。ここはアンデス並みの高地なんだと実感。肉はヤクかな? 羊かな?  臭い。

 これが確かツァー客全員一堂に会しての初めての食事。円卓ですから周りの人達は我々が外国人ということで、しきりに気を使ってくれてあれこれ料理を勧める。こちらもお義理で一応は箸はつけます。しかし、いかんせん。まずくて食べられない。私はビールを別料金で頼んでそれで済ませました。食べられなかったのは私だけじゃありません。綿陽空港の点呼の時、両親が出て来なかったあの娘も一箸付けただけでギブアップ。インスタントラーメンを頼んで食べていた。他の人は結構食べていましたね。特にこのパラパラ米飯には抵抗感じなかったみたい。最初に出て来た桶が空になった。中国の人はタフです。脱帽です。

 ここがこのツァーコースの最深部。この後食事の質は次第に良くなりました。山奥に入るほど食事はひどくなるという、これは考えてみれば至極自然な道理なんですが、それがチョイとどころじゃない。私もかつて経験したことがないくらいひどいレベルでしたので、ご参考までに特に書いておく次第です。

 さて、いよいよ黄龍登山。私はさっきも申しましたように登る気はない。ちょっと心臓が弱いんです。えっ、信じられない? いえ、ホントの話。で、我々のグループでは家内とAさんとKさんの3人が酸素袋を抱えて出発した。この酸素袋っての、何となくインチキくさい。これと防寒具みたいな物をレンタルする店が並んでいるんです。ガイドが「ボラれるといけないから」と言って(たぶん特定の店へ)客を連れて行くわけ。これはゴム枕と思って下さい。そうそう、氷枕。あれの3,4倍の大きさ。それにたぶん自転車の空気入れで空気を吹き込んだだけの物だと思います。それに鼻へ差し込むチューブが付いて50元。タッケー!

 与えられた時間は3時間でしたか。足弱とおぼしき数人をバスに残してみんな出て行きました。1時間もしないうちにAさんが帰って来た。「きつくて」ギブアップしたと。小雨じゃあるけれど雨の中。怪我したり風邪引いたんじゃつまらない。登って勲章貰えるわけじゃなし、年金が増えるわけじゃなし。何も無理することはないんです。好好。驚いたことに家内とKさんは時間内に帰って来ました。家内は最高点の手前できつくて止めようと思ったらしい。ところが膝が悪いKさんが頑張っているので、とうとう上まで行っちゃったそう。石灰が蓮状の池を作っている有名な美観を見ることが出来て良かったと。ツァー客の中で比較的若い寧波から来たという男は時間を可成り超過して帰って来ました。バテバテでしたね。するとウチのかみさんはタフなんだ。チョイと見直しました。

 ここを出たのがもう午後3時を過ぎていたように思います。今夜の宿泊は茂県。道はひたすら下りです。川主寺を離れてさほど行かないうちに松潘という町に至る。岷江上流では一番の町じゃないでしょうか。新築のホテルもありました。ここは素通りで先を急ぐ。舗装はされているものの道幅は片側一車線。それをすっ飛ばします。左に崖。右に岷江。路上に落石が多い。道を踏み外したトラック。腹を見せたトラックなどを数台見ました。みんな乱暴な運転をするんですね。

 急激な高度変化で頭が痛くなる客が続出。用意していた頭痛薬を分けて上げて喜ばれました。途中で印象的だったこと。どんなボロ家にも洩れなくパラポラアンテナがあった。山間部ですから通常の地上波ではTVは見られない。民生安定策としておそらく地方政府が支給しているのでしょう。トイレ休憩のとき、案内されたトイレが凄かった。川の上に流れと平行ではありますが丸太が3本。それに足を置いて用を足す。掴まる物は何も無い。道路からの目隠しはアンペラ一枚。10mかそこらの対岸からは丸見え。見られたって命に別状はありません。けれども足を滑らせたら、豊水期なら命に関わります。後にも先にもあんなトイレ見たこと無い。ただしこれは男性用です。女性は別の屋根付の所へ案内されていました。

 下るにつれ、川主寺では溝のようだった岷江が次第に大河になってきます。澄んでいた水が泥流に。山肌に木が無い。いわゆるガレ場が多い。だから山中の急流でも水が濁る。濁るだけなら兎も角、大雨が続くと大洪水になる。治山治水には如何に樹木が大切かを証明しているような景観でした。こういう荒れた山地の急峻な斜面に、所々人家がへばりついている。ここの住人は何で生活を立てているのだろう。人間ってこんな土地でも生きられるんだなぁ。ヤワな国で育った軟弱な男は深い感慨にとらわれたのでありました。

 走っても走っても着かない。辺りはとっくに暗くなり雨は激しさを増す。相変わらず道は下り。ヘッドライト頼りにすっ飛ばす。運転手は綿陽空港からずっと同じ人間。一人だけです。運転手もタフですね。目的地茂県に着いたときは午後の9時を回っていました。朝7時に出発して実に14時間の強行軍。運転手もさることながら、客もタフでないと中国旅行はできません。

 ホテル(羌林大酒店だったか?)でまた災難。シャワーのお湯が出ない。フロントへ行って文句を言った。小姐は澄まして「当店は24時間お湯が出ます」と言う。帰ってまた色々やってみました。何とコックを右へ捻ったら出た。熱くて飛び上がりました。
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