01.07.02  楽山・峨媚山
 朝9時の出発と聞いて、その前に一っ走り。Kさんと杜甫草堂までタクシーを飛ばしました。成都へ来てここへ行かないわけにはいかない。何しろ中国への目を開いたのは中学で習った諸々の漢詩なんですから。朝の交通渋滞は相当なものでした。だから草堂の見学も駆け足。草堂なんて飛んでもない。大変な結構でした。一隅の東亭に楽器を奏で歌を歌う老人達が居た。横で聞いていたら、たぶん「唱」と言ったんだと思う。「お前も歌え」。耳を指して「分からない」と伝えた。不思議そうな顔をして「お前はタイ人か?」。どうも私は、黙っていると外国人には見えないようです。帰りのタクシーは白タクでした。当方はタクシーのつもりで乗ったんですよ。外形は全くタクシーそのもの。ところが乗ってからよく見たら、メーターが外箱だけなんです。中が無い。でも料金は行きと大差なかった。昨日Aさんがタクシーに乗ったらエアコン代として10元余計に請求されたそう。「領収書出せ」と言ったら諦めた由。女の運転手だったとか。白タクよりむしろ正規のタクシーの方が怪しいかも。成都は上海などに比べると、まだダマシが多い感じがします。

  朝早いのに草堂で既に暑かった。7月なんだから当たり前といえばそれまでですが、四川省と言えばかなり山奥。標高も高い筈。にも拘らず日差しは強烈。その中をバスは一路楽山市に向かいます。ここには楽山大仏がある。岷江と大渡河との合流点を見下ろしている。その昔やはりここも洪水に悩まされ、それを仏の力を借りてナントカしようとしたというまぁ牧歌的というかロマンチックというか。その大仏のお陰で今、楽山市は潤っています。

 バスは大仏の背中側に駐車。客は横の船着き場から観光船に乗り、少し川を下って大仏の前でヒーブツーします。ヒーブツーというのは風に向かってエンジン全開にすること。海軍の用語かな。アリスティア・マクリーンの「女王陛下のユリシーズ号」で知りました。今は「風」ではなく「流れ」に向かってエンジン「半開」くらい。そうすると、船上からずっと大仏を見ていられる。もう一つ、大仏の右手側から崖を登り、後ろを回って左手の崖を降りてくるという見物コースもあります。これは急な階段を登らなければならないから私は敬遠した。私、ひたすら軟弱に徹します。

 船上では写真屋がここを先途と稼いでいる。「大仏をバックにどうだ?」と言うわけ。結構応じる客がいる。見ているとなかなか上手に撮り、即座にプリントアウト。アルバム様の表紙を付けて渡しています。デジカメとコンピューター使っているんですね。我々にも声を掛ける。断っても断っても執拗に誘う。この「しつこさ」を日本人も見習わなくちゃいけない。日本人は淡泊。国内ではいいけれど、対外交渉で淡泊はダメですね。

 もう一つの見物は、大渡河の水と岷江の水の色の違い。前者が黒。後者は白。その違いが合流点でハッキリ見えるんです。暫くすると混ざってハッキリしなくなるんですが。ともあれ大仏は立派でしたが、かなり傷んでいます。セメントで修復した跡が目立った。修復するならセメントじゃなく、ちゃんと本来の資材を使って欲しい。しかしもしかすると、本来の資材って今は製法が分からないか何かで作れないのかも知れませんね。ああそうか。本来は崖の土なんだ。複製は利かないのか。

 この後は一路峨媚山に向かい、山麓のホテルに投宿。Kさんはお腹を壊して未だ不調。感冒、頭痛、腹下し、消化剤など、一通りの薬は必携です。
 
 01.07.03  峨媚山は大きな山でした。下からのバスは中腹まで。ここも九寨溝と同様山内専用のバスがあり、中腹から上はそのバスに乗り換える。我々4人はバスではなくプジョーの小型乗用車に載せられた。専用バスが小さいのでツァー全員が乗り切れなかったんですね。バスに載せられた中国人はおそらく面白くなかったと思います。でも、乗用車の方が多分きつかったと思う。と言うのは、山を登るわけですからカーブが多い。乗用車だから飛ばす。乗っている我々は右に左に大きく体が揺れる。決して楽ではなかった。

 かなり上まで登ってロープウエイに乗ります。終点が頂上の金頂直下。金頂にはお寺がある。また、トロッコみたいな電車があって、向こうの連頂まで往復しています。そんなものはどうでもよろしい。幸い晴れていましたので、西北の方角に雪を頂いた素晴らしい高山が見えました。初め見たときは「エッ! ヒマラヤ?」と思いました。しかし、幾ら何でもそれはない。ミネアコンガじゃないか。後で調べたら、やはりそうでした。日本の登山隊が遭難。ベースキャンプの留守隊員は十分な捜索をしないで「生存者無し」と判断。引き揚げた後で生存者が1人麓の村に辿り着き救助されたというあの山です。実に7000m級の高峰。こんな山が四川省の中にあるんですから、何度も言いますが中国は広い。

 この後中腹の観光点を一、二回って、バスは一気に綿陽に向かいます。四川省奥地と軽視するなかれ。平野部は道路がよく整備されており、高速で走れるんです。日本の経済援助がかなり貢献しているんじゃないでしょうか。

 綿陽空港ではdelayで随分待たされました。離陸したのが確か午後10時過ぎ。待っている間、同じツァーの中国人と筆談を交えて歓談。みんな私達と話したかったらしい。我々の周りに輪ができました。話してみますと、みんな決して上流の人ではありません。私と同じ老百姓です。中国も、まだ沿海部に限られるかも知れませんが、庶民がこういう旅行を出来るようになったんですね。そして、中国人と一緒の旅は結構楽しいということをこの旅で知りました。

 話が前後しますが、それは松潘から茂県へ下る途中のこと。宝石店に寄りました。ツァー目当ての店です。ここで家内がブレスレットを買おうとした。700元くらいのものを400元くらいに負けさせて、この辺でいいだろうと買おうとした。そしたら丁度通り掛かった同じツァーのオバチャンが家内の手を引っ張って「止めろ」と言う。そこから先はそのオバチャンが交渉。横で見てるとまるで喧嘩。アレヨアレヨという間に400元が170元になっちゃった。いやいや、さすが上海人。「凄いね」と賛辞を呈しましたら、「私ら値段知ってるからね」と事も無げに言う。こんな風に、皆さん何かにつけて気を配ってくれたんです。言葉ができなくても、心は通じました。
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