00.05.01~02  興坪・陽朔 興坪の船着き場
興坪の船着き場
村の市場
 ここでツァーは船を捨てます。そして各人勝手に食事。つまり、ツァー料金100元に食費は入っていない。そして適当に散策。それから小型バスに乗って陽朔に帰りました。この興坪は漓江下りの中でも眺望絶佳の所。
老塞山
 このときガイドが、右の写真の「山の上に日本人が東亭を造っているよ。登ってみたら」と言いました。私は山でも階段でも登るのが嫌い。それで写真だけ撮っておきました。後から聞いた話。その日本人は林さんという方で、麓で旅館を経営していらっしゃるとか。現地民トイレの改造運動を興したり、漓江のゴミ拾い大作戦を敢行したり、とてもユニークな方のようです。現在私のHPとリンクさせていただいています。漓江下りされる方は是非寄って上げてください。

西街
 さて、陽朔です。桂林よりここの方が欧米系バックパッカーに好かれている。自然が豊かなのです。ピーターも「桂林は何でも高い。治安も悪い」と言っていました。そんなわけでここには西街(Western St)という通りがあります。欧米人が集まる場所です。
ツァーで一緒になった人

 一階が土産物屋とかレストラン。上がペンションという造り。横丁、裏通りにもそういう宿泊所が沢山あります。連休でしたから、一泊100元とか結構高いことを言われました。レストランの食べ物は西・中折衷。量が多い。小食の私には多過ぎました。ここで食事をしていると、いろんな人種の人が通る。それを眺めているだけで楽しい。上の写真右の女性はカナダ人。「私達も見物されてるわけだ」と面白いことを言う。もう家を出て1ヶ月経ったそう。中国は初めてだがbureaucracyの国だと。私も同感。そろそろ帰らなくちゃなんて言っていました。60歳くらいの人でしたが、向こうの人はバイタリティーがありますね。
月亮山への途中
 上の写真左の広東から来た中国人女性とサイクリングに出掛けました。目的地は月亮山。山の天辺に三日月形の穴が空いているのでこの名がある。
月亮山から見下ろす
 
 途中から私の自転車が具合が悪くなり、エライ苦労をしました。後車輪がスポークに接触する。山麓に着いたとき、とうとう後車輪が外れてしまった。最初乗ったときはマトモだったんですがネ。中国ではこういうこと日常茶飯事です。山に登っている間に、山麓の自転車屋(と言っても路上に座っているだけ)で応急処置して貰いましたが、陽朔へ戻る途中でまたおかしくなった。お陰で尻の皮が剥け、ヘトヘトに疲れました。

 もう一つ驚いたこと。月亮山に登るとき、山麓で物売りに付きまとわれた。不要了と断って歩き出した。ところが、振り払ったうちの一人のおばさんが付いてくる。こちらが休めば向こうも休む。これはただ単に、山頂へ河岸を変えるだけだろうと思っていた。ところが私が山頂に着いた途端、また「これ買わないか」と売り込んで来る。私一人にターゲット絞って30分以上もずっと付いて来たわけです。もう私恐れ入っちゃって、絵葉書買わせていただきました。その息が長いこと、とてもとても日本人の比じゃありません。

 4日間毎朝、裏通りのマーケット横の今にも崩れそうな民家の軒先でお粥を食べました。ここでは黙っているとお粥に糖蜜を入れる。糖蜜は断って辣を入れて食べていた。二日目には横にいたおじいさんが、「お粥なら油条も食べなくちゃ」と言う。「ハイハイ」と言われるがままに油条浸して食べました。体格がよく顔の造作の大きい、大仏さんのような印象の老人でした。近頃日本ではあんな風格のある老人を見ることがなくなった。我々は物質的繁栄と引き替えに、何か大切なものを失ったような気がします。

 陽朔はいい所でしたが、生憎連日の雨で湿気がひどく、ペンションの寝具もジトジト。決して快適ではありませんでした。時季を選んでまた行きたいですね。そのときは桂林の鍾乳洞にも寄りたい。結構面白い所みたいです。(04.04.07記)
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