9. プーケット
カトマンズ空港近辺
カトマンズ空港を離陸直後の機上から。

 <5月2日>
  7時、ブッダが迎えに来て空港へ。200Rs。「チップを・・」なんて言わずサッサと帰る。ネパール人は概して一度取り決めた約束、値段についてはキチンと守る。乞食、物売りはともかく、押し掛けガイドさえいなければ、人間についての印象は悪くない。

 空港。バンコク行きカウンターの前は長蛇の列。2列あって、少し短い方に付く。ところが向こうは進むのに、こちらの列は仲々縮まらない。職員の要領が悪いのかと見ていると、ガイドらしいのが一人で数人分出す。そういうのがつながっているんだ。空港利用税も700Rsとべら棒に高い。私の前の男が日本のパスポートを数冊持っている。これもガイド。客はあちらと指す方を見ると、日本人4〜5人のグループ。ネパールで初めてグループの日本人を見た。この男は当地大学の日本語科で日本語を習得した由。「てにをは」とアクセントがおかしい。日本に行ったことはない。お金を貯めて行きたいと言う。

ヒマラヤ
 かくしてネパール旅行は日本語を話すネパール人との接触で始まり、同じく日本語の会話で終わった。9時を20分過ぎて離陸。スモッグを突き抜けて上空へ出た途端、エベレスト方面のヒマラヤが見えた。慌ててカメラを取り出し、夢中で撮りまくる。

4.プーケット  (5/2〜5/5、プーケットへは初めて)    1B(バーツ)=3.5円

  アンダマン海から陸地に入り、眼下に広大な人造湖が見える辺りで、機はドンムァン国際空港に向かって着陸姿勢に入る。無事着陸してホッとする。これ、偏見のせい。昨年Air Indiaに乗って、スチュワーデスの訓練、機材の整備不良に呆れた。以来、あちら方面のAIR LINEは危ないという固定観念がシッカリ根付いている。
人造湖

 イミグレーション。いちばん短い端っこの列につく。私の前にグループらしき男1人に女3人、固まっている。みんな小柄。質素な服装。その連中の番が来て、固まったままカウンターに近づき、係官に何か言われている。言われても反応しない。言葉が通じないみたいだ。見たところベトナムか、カンボジヤ人のよう。やがて追い返され、私の横のスペースに不安そうに佇む。私の番だからカウンター前に進む。ところが係官こちらに見向きもせず、一心に何かしている。なんだ、中締めか。ならclosedの札出せよな。

 5分ほどたっ
た。他の列はドンドン進むのに、係官は相変わらず何か書いたり並べたりしている。私の次の旅行者も訝しげな顔をしてこちらを見ている。やがて係官、スタンプをパン、パンと押す。そしてさっきの追い返した連中を呼ぶ。男だけ一人オズオズと来る。すると係官、全部来いと手招き。揃ったところで男にパスポートを渡し、あっちへ行けと税関の方を指す。そうか! 連中、入国申請書を書いてなかったんだ。それを係官が全部書いてやったんだ。この係官、顔に似合わず優しい。私が終わったとき、何か賞賛の言葉をかけたかったけど、適当な言葉が浮かばない。精いっぱいニッコリ笑いかけて通過する。

  ドンムァン国際空港から国内空港へテクテク歩く。プーケットへ向かうのです。隣と言っても約1kmある。暑い。滝のような汗。予約なしで、果たして今日の便に乗れるかと心配だったが、次の便に空席あり。「帰りは6日の朝便を頼む」。「ウォット ターム?」。「はぁ?」。どうも What time?と言ってるらしい。6日14時、バンコク発香港行の便に間に合うようにしてくれと頼む。プーケット6日11時発のチケットを貰う。

 日本から持参の薬は使い果たしたので売店へ。女店員に「薬あるか?」と聞く。分からないらしい。「medicine」と重ねて言う。相手は身ぶりで隣の店を指す。隣の店の店員も分からないらしく、中へ入ってマネージャーらしき女を連れてくる。この人は分かった。diarrhea(下痢)も分かった。ついて来いと最初の店に行き、これだと指す。1日1回1錠と使用量も教えてくれる。丁重に礼を言って買う。信じられないほど安い。それにしても空港の店員が、medicineも分からないようでは・・と呆れる。タイの義務教育は小学校まで。そのせいか、中間レベルの層が薄いように感じられる。

 
プーケット空港から、リムジンバスでカタビーチへ。料金
100B。乗る前に助手が、「どこに泊まるか」と聞く。「宿は自分で探す」。「幾らくらいの予算か」。「決めていない」と言うのにそれでも、「どんなタイプのところを希望するか」としつこい。この男紹介料狙いと睨み、相手にしないでいたらついに諦めた。相客はパトンビーチなどでどんどん降りていき、助手まで降りてしまい、アメリカ人らしき夫婦と二組になった。空港を出たときは明るかったが、もう19時を回り外は暗い。案外大きい島だ。何回も山を越え、ビーチを過ぎる。

 途中、運転手が私の行き先を聞く。元気よく「カタビーチ」と答える。アメリカ人とどちらが先かと思っているうち、カタビーチリゾートの玄関にピタリと横付けされ、運転手が「おまえはここだ」と言う。こちらは地名のつもりでカタビーチと言ったのだ。こんな豪華なホテルがあるとは知らなんだ。どないしよ。助手がしつこく、どこにするかと聞いたのは、送り付ける場所を確定するためだったのか。残ったアメリカ人が車から見ている。仕方がないからトボトボとフロントへ。ロビーは吹き抜け。その向こうのレストラン、庭は広々しているうえに噴水あり、花壇ありきらびやか。おそるおそる値段を聞くと案の定、1万3千円から1万5千円。冗談じゃないよ。

 振り返るともう乗ってきた車はいない。外へ出て町角のレストランへ。注文取りに来たウエイトレスに飛行機から持ってきた機内食のケーキを進呈。「どこか安いホテルは?」と聞く。ウエートレスこちらが恥ずかしくなるほど大仰に喜び、すぐマネージャーを連れて来る。そして教えられたのが、そこから目と鼻の先の Friend Ship Bungalow。 (6/5 Patak Road.Kata Beach, Phuket 83100 Tel  076-330499 )  注文した食事は「中華風海老のなんとか」。中型の海老に野菜と春雨を混ぜて煮たもの。マネージャーと外へ出て、「Friend Ship Bungalowはあっち」なんてやっていたものだから、その間に春雨がスープを吸ってしまい、味は辛いだけ。どうもうまいタイ料理にぶつからんな!

  勘定払うと端数を返してよこす。「Why?」と聞いてもボーイ、「いいから」と言う。狐につままれたような気分でホテルに向かう。察するにボーイかマネージャーが、あのウエイトレスの何かなのか。あんな小さなケーキでそんなに喜ばれるとは。

 ホテルに行くと、丁度女性がフロント(と言っても小屋の中に粗末なカウンターがあるだけ)の電気を消そうとするところ。部屋を見せて貰う。部屋といっても、傾斜地の林の中に散在するバンガローだ。バス、シャワー、ファン付きWベッド。280B。感じのいい姉妹が経営している。

 プーケットに来た理由。元同僚F氏のお嬢さんがここのカタビーチで、ダイビングのインストラクターをしていると聞いた。ダイビングのライセンスを取りたい。その下調べにここまで来たというわけ。しかしもう遅いからそちらには明日連絡する。ホテルの姉妹に明日の観光の相談。取りあえず、手近なコーラル島行き420Bを予約して就寝。ファンを回したら、涼しいのを通り越して寒かった。 

<5月3日>
 
8時、ミニバスが迎えに来る。カタビーチとは反対側の海岸に出て、そこから船。航行
30分くらいか。島ではシュノーケルにフィンなどつけて泳ぐ。砂浜は幅が狭い。水の透明度今ひとつ。珊瑚も死にかかっている。フィリピン・ボラカイ島の方がずっときれいだ。水に浸かったので腹痛再来。昼食の時間。向かい側にどこかの白人とタイ人のゲイのカップルが座る。ただでさえ気分がすぐれないのに、そいつらが正面にいて、おまけに白人の方がこちらをチラチラと見る。不愉快。
コーラル島

 料理はスチームボート、かに、海老、野菜、鳥のロースト、果物と豪華だが食欲なし。申し訳程度に箸を付けただけで早々にトイレへ。見ていた添乗のタイ人、「社長、調子悪いね」と日本語。午後は水に懲りて専ら日光浴で過ごす。帰りの船中では東京から休暇で来たという若いスゥエーデン人と話す。まだ滞日2カ月。日本語の勉強中とかで会話は英語。英語も不得意と言うが、なに私より遥かにうまい。 

 船からまたミニバスへ。当方が旅行経験豊富と見てか、日本人の若いカップルに「(タ
イでは)水や氷に気をつけろと言われるが、どの程度気をつければよいか」と質問される。これは難問。腹下しの原因がいつも水とは限らないし・・。どのみち彼ら、いいホテルに投宿しているのだろう。「一流ホテルなら大丈夫ではないか。ただし、二人とも同じ物を口にしながら、片方がやられもう一人は無事ということがよくある。つまり個人差。これはどうしようもない。ともあれあまり神経質になっては、旅がつまらないのでは・・」とお茶を濁す。分かったような分からないような顔をしていた。

ホテルの姉妹
  16時ホテルに帰着。姉の方が明るく「どうだったか」と聞く。良くなかったとも言えず、「素晴らしかった」と答える。腹を温めるため、ホットレモンの砂糖入りを頼む。即座に作ってくれる。うまい。20B。安い。このホテルの人は家庭的で親切だ。何となく、久しぶりに里帰りした親戚を、「よく帰って来た」ともてなすような趣がある。翌日のゴルフの申込を依頼。目の前でプーケットCCに電話してくれる。OK。クラブ、靴、全部借りて2千B。新設のグランドキャニオンCCはどうかと聞くに、「あそこは観光客を入れない」と。

 それから元同僚F氏のお嬢さんに連絡を取り、彼女の勤務先ダイビングショップがあるカタガーデンへ行く。父親に似て小柄だが、快活で可愛い。3日と3万円あればライセンスが取れるとのこと。「また来年来ましょう」ということになった。夜は彼女がバイクでホテルまで迎えに来てくれ、そのまま後ろの席に載せられ、パトンビーチの日本料理屋に連れて行ってもらう。走りながら私のホテルの値段を聞き、「こういう旅行ができるって凄いですね」と感に耐えぬ風に言う。「私は別に特別だとは思わないけど」。私の年代の日本人なら一流ホテルに泊まるのが普通だということらしい。泊まっているのがバラックみたいなところですからね。誉められたのか、呆れられたのかよく分からず。

 食事はいちばん安全と思われる「かけうどん」を選ぶ。片方でビールも飲むんだから矛盾も甚だしい。しかしそれはそれとしてこの「かけうどん」、この上なくうまかった。こんな風では長い外地暮らしはできないかな。夜のパトンビーチは正に紅灯の巷。1kmほどのビーチ一杯に、ネオン眩ゆい飲み屋がひしめく。1晩に1軒として、1カ月掛けても全部回れないのでは? それくらい密集している。

 ホテルに帰って姉妹と雑談。姉は知的な感じがする。聞くと本人は笑って答えず。妹が「姉は大学卒で教員資格を持っている」とばらす。話中、「teacher」が「ティーシャー」と聞こえる。初めTシャツかと思った。タイ語は母音の「イ」がないのかな。それで time がタームになる。それはともかく、部屋は清潔、シーツも毎日替えてくれる。枕チップも取らない。すっかりこのホテルが気に入った。

 TOP  前頁  NEXT