01.06.02  徐福記念館
杭州近辺の民家
杭州周辺の民家。殆どがこういう家です。
 MLに徐福記念館を建設中という方が現れました。その場所は寧波の郊外。是非来てくださいと呼びかけておられるので、じゃ行ってみようかと総勢4人で出掛けました。私、井上@上海さん、kan-abeさん、kさんです。後のお二人は上師大へ語学留学に見えている方です。上海からバスで3時間強。更に1時間弱タクシー。ここ(地名は失念)もご多分に洩れず外資導入に熱心で、台湾系、日系の工場がかなりある所でした。元々浙江省は軽工業が盛んな土地です。自営業者が多いのが温州。小物の卸なら何でも揃うという義鳥。この二ヵ所が特に有名です。

 紹興、寧波方面は沿海部ながら発展が遅れていた。それは上海からの便が悪いから。間に杭州湾がありますので、紹興へはまだしも、寧波へは杭州を頂点とする三角形の2辺を走らなければならない。つまり大変な遠回りです。そこで上海南部から紹興付近へ杭州湾を跨ぐ大橋を建設することになった。これが完成すると、寧波まで上海から2時間程度で行けるようになる。というわけで、最近この辺に進出する外資が増えたのですね。
徐福の船
 待ち合わせ場所のホテルでSさんと顔合わせ。地方公務員をお辞めになり、私財を投じて徐福記念館をお造りになった。相当な熱の入れ方です。ホテルロビーにはのように徐福の船の模型があります。
徐福東渡石刻
 の写真はちょっと離れた山の上に残る徐福東渡の石刻です。ここから童子童女数千人、馬も載せて船出したと、この地方に伝説が残っているらしい。ところが山東省の方にも「ここから出帆したのだ」と主張する所があるとか。一方日本側にも徐福がここに上陸したと主張している土地があって、それは和歌山県新宮市、山口県のどこか、あと例の佐賀の吉野が里でしたか。三箇所くらいあるらしい。いずれにせよ、日本人の祖先は徐福が連れてきた童子童女に間違いない。そして出帆したのは絶対ここです・・とSさんは言い切ります。昼食には鎮党書記もやって来ました。ここに投資する人はいませんかと。ロマンであれ何であれここにお金を落してほしいということ。観光客を誘致したいようでしたが、これだけではちょっとどうか?という感じでしたね。

00.12.30  紹 興
苫船
柯岩
 前後しますが、kan-abeさんに学生二人の4人で魯迅の故郷、そして黄酒の地元紹興を訪ねました。このときは火車でノンビリ行きました。町中の老街に似せた小道、魯迅記念館(古居、三昧書屋とセット)、柯岩、蘭亭、咸亨酒店などを回りました。

 印象に残ったこと。魯迅記念館の柱や梁の太さ。床の石材の大きさ。おじいさんが官吏だったらしい。当時この近辺でこんな大きな木材が調達できたのだろうかという疑問が浮かんだ。魯迅が幼時通ったという三昧書屋では扇子を買った。90元という言い値を値切らずに買ったら相手はソワソワして、特別に絵を描き加えましょうと。予想外のことだったのでしょう。蘭亭では王義之直系の子孫という人の掛け軸2万円というのを1万円で買った。あとでプリント物と分かり粗忽だったと反省。柯岩(写真右)の入場料が35元。入ったら別にどうと言うことない。お寺や岩に彫った像があるだけ。

 紹興は水郷ということになっています。あちらこちらに堀割がありまして、苫船(写真左)が「乗れ乗れ」と誘います。もうちょっと綺麗な水なら乗ってもよかったけど、これじゃあねぇ。船頭の帽子が独特。烏の頭のように真っ黒です。私一つ買って来ました。羅紗製です。夜一杯飲みに行った咸亨酒店は孔已乙が出て来そうな雰囲気でよかった。飯茶碗で黄酒を飲んできました。ただ、お金の払い方が面倒。金券を予め買わなくてはならない。どうしても過不足が出ますから、その処理が面倒です。

 まとめてみますと、文人・書家ゆかりの施設もそしてお寺でさえ、ゼニ金moneyの世界です。ホッとするような雰囲気なんて薬にしたくても無い。後に行った石仏寺が一番サッパリしていて気持ちがよい所です。それは「天台山・仙居ほか」の旅行記をご覧下さい。(04.04.11記)
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