01.03.11  暴利菜舗
天壇
天壇

 男坂の途中に確かに駱駝がいましたね。その日の夜、また別のMLメンバーと会食したが、その子の東京から来た友人がこの駱駝に乗っかって200元もボラれたとのこと。取る方も凄いけど、払う方もどうかしている。

 ところで、食事の話。畑の中にポツンと2軒、家がある。伊藤桂一の戦記ものによく出てくる光景。疎林、茶褐色の乾いた畑。人気のない古びた煉瓦の家。何でもないようだが、無警戒に接近すると危ない。まず斥候を出して・・。

 近付いたら建物の陰には車が密集していた。十三陵の帰りの連中だろう。車から降りたら鼻を突く異臭。鶏糞か人糞を畑に撒いたものとみえる。畑には桃の木の列。

 運転手が店の前に立っている男に「日本人3人」と声をかけ、「一緒に食おう」と言っているのにどこかへ消えてしまった。こちら店の中に案内される。小さな暗い店を突き抜け、急造したらしいガラス張りのバラックへ。四畳半くらいの小部屋が10室ほど並んでいる。小姐がしつこく鶏肉のコース料理を勧める。それを断って簡単な食事に。菜は素人料理のいい加減なもの。悪い予感がする。果して勘定となったらお茶、3品の菜、米飯、生ビール3杯で合計208元だと。ゲッ!

 明細を聞く。お茶がなんと1杯10元。それもその場に居ない運転手の分まで入っている。生ビール(中ジョッキ)1杯10元。これは妥当。菜は12〜25元程度のもの。米飯1杯10元。これは高い。しかし、言いなりで〆ても150元なり。

 差額の58元は何だと問い詰める。勘定書持ってきた小姐は遁走して、最初に注文を取った小姐に交替。運転手の食費が22元だと。それじゃ残りの36元は? それは部屋代だと。何だと! 部屋代取る店がどこにあるか! オレ達は別室にしろと要求した覚えはないぞ、と開き直る。ここでオレが立ち上がり、「みんな出よう」と促す。外で騒いでやろうという魂胆。こちらの剣幕に押されて小姐降参。170元で結構ということになり、それだけ払って外へ。どう高目に見積もっても、普通の店なら50元くらいのものです。

 外にはもう運転手が待機していた。再び車中の人となり市内へ向かう。井上氏が「まずくて高かったぞ」と一言言ったようだったが、運転手は無言。

 最初に来た小姐も、持ってきたメニューも日本人専用だろう。初めから奴らはボルつもりでかかっている。ということは、日本人は言葉の不自由さに加え、日本円換算で物価を考えるから、多少変だと思っても「まぁいいや」で払うという経験則に則っているわけだ。井上氏が居なかったら、ちょっと厄介だったかな。やはり言葉ができるというのは強い。それに彼は体格がいいから怒ると迫力がある。

 ホテル前で200元払って車を帰す。我々はまた昼寝。優雅な旅行だ。4時に再び市中/秀水居へ。ここは衣類、鞄、靴、時計などの偽ブランド品を売っている街。フランスなんかの海水浴場に、よく小さい脱衣室が並んでいるよね。あんな風の同じ規格のバラックがズラリと並んでいる。軒先には通し番号が打ってある。ということは、非合法ではないということか。すぐ隣が閑静な大使館街。その取り合わせがまた面白い。

 世界中から集まっているのでは?というくらい、種々雑多な人種がいる。単なる観光ではなく、デカイ袋やトランクを用意している買出し目的らしいのもいる。「キャー、やった」という黄色い声に振り向いたら、若い日本人カップルの女の方がビトンだかなんだかのバッグを持って喜んでいる。「これが160元になった」と。元値は600元だとか。年の頃はどちらも20歳になったかならないかのカップル。今の若者はいいなぁ。オレ初めて外国へ出たのが55歳だったものなぁ。

 見るともなく見ていると、外人はなかなか買わないね。交渉しているヤツは粘る。それを眺めているのがまた楽しい。愚妻はチョコチョコ手に取っては見るが、最終的には買わない。もうトシなんだから、買うなら上質な物にしろと言ってある。一度チャイナ服を手に取って、ためつすかしつしていたら、初め550元の言い値が200元にまで急降下した。「でもいらない」と離れるや、「last price 180元」と縋り付いてきたよ。元値は一体幾らなのかなぁ。

 タクシーで東郊の待ち合わせ場所へ。今夜は語学留学している若い女性二人と会食の予定。セッティングは井上氏がしているから相手の詳細も、会食の場所も何も分からない。

 なんとかいう外資系のデパートの前で待ち合わせ。お互い顔を知らないんだが、適当に「こいつかな?」と目星をつけて声を掛けると大体そうなんだよね。ということで、そこから約30分も歩いて北京ダックの店へ。有名な全聚徳よりもおいしいという触れ込み。途中シェラトン・ホテルと農業展覧館の前を通ったから、その近辺ということしか分からない。
 
 食事中の井上氏の解説によれば、この辺は20年前は野ッ原だっのだそうで、そこへポツンとシェラトンがホテルを建てた。何であんな所へ?とみんな噂し合ったものだそうな。しかし、空港に近いので、その後外国人向けのマンションが建ち、それを目当てのデパートなどが出来、大使館街が出来て、今は高級住宅街であり高級ホテル地域であるとのことだった。

 貴兄は歴史通だからご存知かと思うが、北京ダックは元々は南京の料理だったんだそうだ。最初明朝は南京を首都とした。2代目だかを弟が殺して、首都を北京に移した。そのとき南京から持って行ったので、南京ダックが北京ダックになったとのこと。これは雑誌かガイドブックかで読んだ。

 店はそんなに大きくなかった。客がギッチリ。予約なしでは入れないらしい。近所に大使館街(秀水居の隣とは別の)があるので、外人客も。席に付くとまず、ダックを選べと言ってくる。面倒だから女の子にお任せ。次に、あぶり具合を見ろと言ってくる。一々うるさい。これもお任せ。ダック以外の料理のオーダーもお任せ。オレは食い物には関心が薄いんだ。誰かが桂花魚を注文したので、幸いお目にかかることができた。貴兄に言われたこと、すっかり忘れていた。

 なんせグルメじゃないので、全聚徳よりおいしいのかまずいのか、その辺の機微についてはコメントしかねる。まぁ、まずいとは思わなかったけど。

 女の子のうちの年嵩(と言っても25歳)が、しきりに「司法試験合格組の同級生達がグループで遊びに来た」と話すので、どこの大学か聞いたら、オレの後輩だった。その子は司法試験は1回で断念。来年アメリカの弁護士試験を受けるつもりで、目下アメリカ人弁護士事務所でバイトしているという話だった。そんならアメリカへ留学したらよさそうなもんだと言ったら、将来の舞台は中国にターゲットを絞っているんだと。日本は閉鎖的で・・・と。近頃の子の考えることはオレらの年ではよく理解できない。しかし、ハキハキしているし、よく気が付くし、モノは知っているし、中国語はペラペラだし、後輩だから誉めるということではなく、なかなか出来のよい女の子だった。
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