1.リスボンへ 2003:02:25から03:12までポルトガルを旅してきました。初めの一泊だけ予約の勝手気儘な自由旅行です。なお、これは全編私信です。

(写真)出発日の朝の成田です。前夜ホテルに泊まったので。雪でした。

 S 兄

リスボンまではミラノより遠い。単に距離差だけではなく直行便がないから乗継の面倒が伴う。我々はヒースローで日航からポルトガル航空に乗り換えた。ヒースロー着の予定は15:35。大体On timeだったかな。

 ヒースローというのがまた
(構造が)よくわからん空港でね。おそらく継ぎ足し継ぎ足ししたんだと思う。ターミナルが
1,23,4と四つもあり、それぞれの間もかなり離れていて随分歩かされる。 

 やっとポルトガル航空のカウンター見つけたと思ったら係が居ない。代わりに「6時に帰ってくるから待っていてくれ」とメモが置いてある・・・なんて状況。やがて戻って来たおねえちゃんは頗るつきの美人だったけど、愛想がないこと甚だしい。チケットをポンと寄越して、ゲートはあっちと顎をしゃくる。日本式接遇に慣れている我々からすれば頭に来る態度。まぁしかし、あちらでは多分それが普通なんでしょう。

 成田→ヒースロー12時間。 待ち時間2時間。ヒースロー→リスボン2時間半。都合16時間半かかった。往路は結構きつい旅でした。なお、時差は9時間です。

(写真)ヒースロー空港の公衆電話。背景の色がよくて撮りました。こういう落ち着いた色はやはりヨーロッパのものだと思う。

 リスボン空港でまた驚かされた。普通は到着前に入国申請書を機内で配る。それが来ないからスチュワードに請求した。ところがOKと言いながら持って来ない。だから入国審査の前のカウンターで紙を見つけて一生懸命書いて、それとパスポートを揃えて出したところ、「紙は要らない」と言う。申請書は廃止になったらしい。地球の歩き方には申請書の書き方が載っている。という事は最近の変化なのか? そこのところがよくわからん。

 その前にもう一つビックリすることが。小生が申請書書いてたら、デスクの向こう側にアフリカ系黒人が二人来て、彼らの分も書いてくれと言う。字が書けないんだな多分。そこで差し出されたパスポートを見たら有効期限が1999年で切れている。「こんなのダメだ」と言ったんだが、彼らは「No problem」と。しょうがないから適当に書いて渡した。喜んでいたけど、入国できたのかどうかまでは見届けなかった。常識的にはダメだと思いますけど、どうなったのか気になりました。 

 今度は預けた荷物のピックアップ。ターンテーブルの位置がまたバラバラでね。日本の空港のように整然とは並んでいない。到着便の表示もハッキリしない。あちらかこちらかとウロウロさせられた。成田なんかだと乗客がその場所に辿りつくのと同時くらいに荷物が現れる。あちらじゃ、トイレに入ってゆっくり用を足してからでもまだ出てこないくらい、処理が遅い。日本という国はやっぱり機能面ではキチンとしている。住んでる人間がセッカチだからでしょうね。

 タクシー乗り場。並んでいるのはみんなベンツ。それはいいんだが、走って10分かそこらで予約したホテルに着いて請求が28ユーロ。高過ぎる。メーターも無いし。高いと文句を言ってゴチャゴチャやり合ったが、結局払わされちゃった。運転手は夜間と荷物載せ分を含む公定だと主張するんだな。あとで聞いたら多くても10ユーロだとか。そのまた後でガイドブック見たら「空港タクシーに注意」と、ぼられた経験談の記事が載っていた。今回小生は準備その他なるべく家内任せにして、自分から積極的に関与しなかった。家内を少し訓練しようと考えたのでね。そのツケが早速回ってきたということ。
取り敢えず第一信はここまで。

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