13. ナザレ  朝の9時。バスでナザレへ向かう。車中、日本人の若い男二人と一緒になった。少し雑談する。こういう旅行でよく見かける若者とは少し感じが違う。しっかりしている。その理由はあとで分かった。

 ナザレのバスターミナルで降りた途端、客引き婆さんに捕まった。婆さんが引っ張って行きたいペンサオはそのバスターミナルの対面。一室
35ユーロと言うのを、家内が「この二人も泊まるから20にしろ」と掛け合う。ポルトガルに少し慣れてきて、やる気が出てきたらしい。婆さんあっさりOKと言い連れて行かれたが、結局我々は25ユーロ、若者は屋根裏部屋で20ユーロということに。若者は我々の値引き交渉のダシにされて気の毒だった。我々の部屋は4階でエレベーターなし。階段上がるのに一苦労だったけれど、部屋は今回の旅行で一番良かった。2ベッドルームにキッチンとバスルーム付き。滞在型の造り。そうそう。このナザレは夏の保養地です。夏になるとヨーロッパ各地から人が押し寄せる海岸です。

まず昼食。家内がガイドブックで見つけた「お袋の味・オフィシナ」へ。海岸から細い路地をかなり奥に入った小さな食堂。何回か街角に立っている爺さんに尋ねて辿り着いた。10人入ったら一杯になるような店。我々が入って行ったら婆さんが何か縫い物をしていた。そのテーブルが忽ち食卓に早変わり。頼んだものは鰯の塩焼き。鰯は丸々肥っていてうまかった。塩が粗塩なのもよろしい。小物のショーケースにダビデの星のワッペンがあった。どうもユダヤ人の店のようだった。外見は他の地元民と全く変わりありませんでしたが。

ナザレ海岸 この服装は未亡人

 町外れの展望台へはケーブルカーがあるんだが、補修中とかで動いていない。代わりに海岸通りから臨時のバスが出ている。臨時と言っても綺麗なバスです。それに乗って展望台へ。長い砂浜と町が眼下に。右は大西洋。眺望絶佳です。下りは苦にならないから歩いて町へ。途中郵便局があり、入って見ました。馬とラッパのマークでそれと気が付いたんだ。外観もだが内部も綺麗。どこがどういう風に・・と具体的には言えないんだが、兎に角色合いとか物の配置がスカッとした感じ。客が大勢。ここでも入り口で番号札を引くシステム。このシステムの導入は欧米が先なのか日本が先なのか。欧米が先のような気がしますが。

郵便局の外観と内部

夜、バスで一緒になった若者と海岸通りのRestaurante Aleluiaで食事。彼らは昼間、バスで近郊のアルコバサへ行った。どうだった?と聞いたら、「サンタ・マリア修道院だけの町です。修道院は立派でしたけど・・。まぁみんな同じですね」という返事。彼らも教会の類には食傷気味のようだった。彼らは高校の同級生。一人は信州大学、一人は東大のそれぞれ理系修士課程を終了したところ。就職するので長期の旅行に出たのだそうだ。信州大の方はイタリアから入って1ヶ月の日程。東大の方は都合付かず遅れてポルトガルで合流とのこと。今の若者はいいですね。バイトの金で旅行できるんだから。東大生はリスボンで空港タクシーに30ユーロ取られたそうだ。結構みんなやられているね。

ここで食べた料理はうまかった。特に海鮮のリゾット。満足でした。このレストランは家内がショールを買った店で教えて貰った。やはりうまい店は地元の人に聞くに限る。

翌朝、宿の一階のCafeで食べたトーストもうまかった。そのせいか、この店は客が多かった。

ナザレのご婦人のスカートは特異なものなのだそうだ。7枚重ねで各人模様に工夫を凝らしている。ただ、ここでも若い人は着ないらしい。着用しているのは年寄りばかり。写真を付けておきます。このうちの肥った婆さんは「写真を送ってくれ」と言った。「おやすいご用」とアドレスを書かせたら、よく読めない字を書く。「これ何?」。結局は「Z」の筆記体だったんだけれど、aから順に書いて行くものだから「ああそうか」と分かるまで時間がかかった。

朝。マーケットの中なので暗い

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