15. 再びリスボン S兄  さて、本当にもうそろそろ終わりにしなくてはいけない。

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6()オビドスからリスボン着。リスボンを離れたのは228日だったから、足掛け1週間地方を回って来たことなる。この後12日まで丁度1週間リスボンに滞在しました。と言っても、途中エボラという地方都市へ行って1泊しましたが。以下、リスボンの宿とファドの話、エボラの話などをして終わりにします。

オビドスからのバスはカンポ・グランテという東京で言うと池袋みたいな所に着いた。宿のPensao Praca Da Figueiraは銀座方面に当たる。ナザレで若者達に予約を頼んだけれど、それは明日の話。一日早い到着で、勝手に押し掛けて行って満室だったら困る。遠いものね。バスターミナルから電話したら、幸いavailableという返事。

そこまでタクシーを奮発。地下鉄一本で行けるんだけれど、家内が階段の昇降が大変だと言うんだ。タクシー代は6ユーロだった。到着日の空港タクシーが如何に法外だったか分かる。

ロッシオ広場というリスボンの臍みたいな広場に並んで、フィゲイラ広場という広場がある。正方形でロッシオ広場より少し小さい。元は巨大な市場だったんだそうだ。真ん中にドン・ジョアン一世の騎馬像がある。タクシーは宿の前まで行かない。ロッシオ広場とフィゲイラ広場の間のタクシー溜まり場で放り出された。宿はこの先ですぐ分かるから・・と言うんだ。実際は場所を知らなかったんだと思う。そこからまたトランクをガラガラゴロゴロいわせて歩いた。やっと入り口を見つけたはいいが、何とフロントは4階と書いてある。エレベーターは? 見回してもそれらしいものは無い。いや、トランク抱えて4階まで上るのはきつかった。リュックもしょっているしね。

フィゲイラ広場。中央少し下 久しぶりに洗濯

 フロントには黒いおねえちゃんがいて愛想がいい。「オオ日本人か。近頃日本人多いよ」と言う。宛がわれた部屋は更に1階上の5階。スリーベッドで120ユーロ(朝食なし)。フィゲイラ広場に面している。バス、トイレは共同。だが清潔。電子レンジもあった。写真を見て下さい。コの字の下の角の最上階です。もう一つ向こうの真ん中に塔が立っている広場がロッシオ広場です。それにしても毎日、この階段を5階まで上がるのはきつかったです。

昔カナダに行ったとき、最初B&Bを利用した。そしたら家内が「気詰まりで嫌だ」とのたまう。それでバンクーバーではYWCAに泊まったが、あいにくバスルーム付がなく、バス・トイレは共同だった。そしたら、「誰が使ったかわからないトイレは嫌だ」と言う。小生から見たらピカピカで舐められるくらい清潔なトイレだったけどね。結局、三星のホテルに連泊することになったが、宿代はB&B3倍に。今度もごねるかと思いきや、案外なことに何も言わない。最初から「あんたが大将」と祭り上げてある。ごねたら予算オーバーは必至。そしたらプランナーとして鼎の軽重を問われるもんナ。アッ! いや違う。何回かの中国旅行で免疫が出来たんだ。中国のニーハオトイレを一度経験したら、この天が下に恐ろしいものは何も無い。そうに違いない。

開演前。セヴェーラは昔の名歌手の名前 これは合唱中。演奏のときは暗くする

 ファド・バーはバイロアルトという地区にある。丘の上でゴチャゴチャしたところ。セヴェーラというのがトップクラスだとかで、ここへタクシーで行った。タクシーはさる路地の入り口で停車。運ちゃんが降りていって、その辺の壁の電話を取り上げて何か言った。すると、路地入り口の真ん中にあった太いポールがスルスルと地中に沈む。それでタクシーが通れるようになる仕掛け。バーはその奥にある。

バー入り口で「予約は?」、「食事? 飲むだけ?」と聞かれた。予約なしだったけれど入れた。壁際の席だったけどね。食事はしなかった。行ったのは午後の10時だものね。そんな時間まで食事しないではいられない。生ハムと黒ビール3本で19ユーロ。高いのか安いのか? 安いような気がする。初めは若手が歌い、段々とベテランが出てくる。合唱もある。勿論ベテランの方が味があるけれど、所詮言葉が分からないから、感動はない。一番奥のテーブルに10人くらいの女ばかりのグループがいて、こいつらが歌手が歌っている最中も私語をしてうるさかった。どうもスペイン人かイタリア人みたいだったが、グループになるとマナーが悪いのは日本人だけじゃないと知って、何だか安心した。

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