6.ロカ岬.シントラ  S兄 喫茶店を出たのが11時半だったかな? 正確には記憶していないが、いずれにせよ正午前だった。

 ロカ岬行きのバスは駅前バスターミナルから出る。少し時間がある。家内はターミナル階上の
SC(ショッピングセンター)へ冷やかしに。このSC、垂れ幕みたいな広告類が全く無い。だから外からは綺麗なオフィスビルにしか見えない。こういうところはさすがにヨーロッパ。洗練されています。小生ショッピング大嫌い。お供はご辞退申し上げて、代わりにSC前の大通りを走る車を観察。

 走っている車は98%小型車ですね。日本で言う3ナンバー(ベンツ、BMW)は本当に偶にしか見かけない。殆どVWRenaltCitroenFiat、そして小生名前を知らないトヨタの最新の小型車など。他に日本車ではホンダ、スズキ、日産。三菱の2トントラックもいた。案外日本車多いんです。

 日産とスズキが多いのはスペインに工場があるから。このうち日産はかなり以前、石原俊社長の時代にスペインの潰れかけた会社を買収したもの。しかしその後日産は、完全撤退を宣言する。理由は「労働者はストばかり。スペイン政府は買収時の約束を履行しない」など。要するに生産性が上がらず、会社は大赤字ということ。スペイン政府が慌てて慰留に掛かったところまでは小生記憶しているが、その後どうなったかは知らなかった。NISSANエンブレムを付けたセダンもRV車もバンも走っているところを見ると、多分そのときのスペイン政府の慰留が奏功したんでしょうね。

 ということは、スペインには曲がりなりにも国産車があったということ。ポルトガルには国産車は無い。ご存知のとおり自動車産業というものは工業の裾野が広くないと成立しない。やはりポルトガルにはさしたる工業力はないということ。

 ロカ岬行きのバスは堂々たる大型車。我々は運転手にリスボン・カイスドソドレ駅で買った通し切符を見せて乗車。運転手はチラと見て頷くだけ。簡単。切符が無い人には運転手が売る。これはその後、どこで乗ったバスでも市電でも同じだった。運転手の横にノート大の引き出し付きカウンターがあり、引き出しに小銭が入っている。一人が終わるまで後ろの人は待っている。ノンビリしています。生産性の一要素である時間効率は無視されているわけだ。でもそれを重要視しなくてはならない事情など、多分この国には無いんでしょう。セカセカするのは精神衛生上よくない。小生もそれはよく分かっております。

 乗客は我々を含めて10人もいない。バスは左にチラチラと大西洋、右になだらかな緑の牧草地を見ながら、曲がりくねった道を走る。道端に黄色の花が咲き乱れ、なかなか美しい眺め。道幅は狭いけれど、交通量が少ないからかなりの高速で疾走し、ジリジリと高度を上げて行く。たまに停留所に止まり一人二人の乗り降りがある。降りるのは小学生か中学生。一度介添え付きの婆さんが乗った。この婆さんはロカ岬の手前の部落で降りた。人の姿かたち、周囲の景色は違うけれど、繰り広げられる光景は日本の田舎バスと同じです。

 かなりの高みにある部落で、バスはいきなり左折して細い道に。「アイヤー!! 人んチに入っちゃっていいんかヨー」ってな感じでした。なぜかって言うと、そこは道らしくない。まるで民家の裏庭の連続みたいなスペース。そんなところの屋根やら塀やらをかすめて走る。やぁ、子供でも飛び出してきたら即死だな!とハラハラするうちに再びチャンとした道路に出て、眼下に見えるロカ岬へ向かって走ります。周囲は荒涼とした草原。別荘らしい家屋がチラホラ。カスカイスからここまで、1時間は掛からなかったと思う。

 ロカ岬は海面から屹立しています。高さは100米以上ありそう。岬のてっぺんに小屋が一つ。バスはその前に止まります。小屋では記念スタンプを押してくれるらしい。しかし、我々は降りなかった。前に「ロカ岬行きのバス」と書いたけれど、実はこのバスはこのままシントラへ行きます。ここで下車すると、次のバスまで2時間待たなくてはならない。天気は曇り。風もある。その中で2時間も砕け散る波を眺めていてもしょうがない。バスの後ろの方に日本人の若い女性二人と、彼女達とどこかで知り合ったらしいスーツにネクタイの日本人の3人連れが乗っていたけれど、多分同じ思いなのでしょう。誰も降りなかった。乗り込む人もなし。バスは僅か2分程度止まっただけで発車。

 再び元の道を上り、さっきの部落から左折してシントラに向かう。右側の山裾に沿い、曲がりくねった道を走りながらジリジリと高度を下げます。所々鬱蒼とした森林が。本来この辺は森林だらけだったのでは。保安のため急傾斜地だけ手付かずにしてあると見ました。

 1時間弱でシントラのCP駅前に到着。周囲はなんだか箱根・強羅に似ています。山の中腹に棚状にぶら下がっている感じです。駅前にモロ中華風の○○酒家。漢民族恐るべし。世界中どこへ行っても自文化を墨守して生きている。

 シントラは見所が結構あります。王宮、ムーア人の城跡、ぺナ宮など。ムーア人という言葉には昔、チャーチルの自叙伝で初めてお目にかかった。彼はムーア戦争に従軍している。だけれども小生、ムーア人ってどういう人種か知らない。いい機会だから百科事典で調べたら、「モール人ともいう。サハラ砂漠の西部モーリタニアからモロッコに住み、アラビア人・ベルベル族・黒人の混血といわれ、アラブ語を話す。ムーアまたはモールとは、普通は中世にイベリア半島にいたアラブ系イスラム教徒をさすが、サハラではアラブとベルベルの混合文化をさす。(後略)」とある。そうか。その昔イベリア半島を占領していたイスラム教徒のことなんだ。
ぺナ宮 ムーア人の城跡。 向こうの山がそれ。こちらはペナ宮

 残された時間を考え、目の前に見えるキューポラを二本立てたような王宮は割愛。ぺナ宮にだけ行きました。名所循環バスが30分間隔で運行されており、これにもリスボンで買った通し切符で乗れます。バスは狭い急坂を登る。途中一回では曲がれないカーブもあります。どんな地形かお分かりでしょう。これが日本なら車掌が飛び降り、後方でピッピッと笛を吹いて誘導するところ。ところがここでは車掌なんかいない。運転手一人で何回も切り返して曲がる。

 ぺナ宮入り口でバスを降ろされ、入場料が一人5ユーロ。更に山上のぺナ宮までのミニバスが3ユーロ。鬱蒼たる森の中、急な石畳の道が続きます。他のヨーロッパ系と思しき観光客の皆さんは、その急坂をエッチラオッチラ歩いてお登りになる。質実剛健です。こちらバスに乗っていて恥ずかしい思い。 ぺナ宮というのは19世紀に王族が廃墟になっていた修道院を利用して建てたものだそうで、内部は南ドイツの観光名所ノイシュバンシュタイン城だったっけ? あの城にそっくりです。ただし外観はあんなに優美ではありません。イスラム、バロック、マヌエル、ルネッサンスなどの各様式をミックスしたのだそうで、奇怪な形をしています。眼下にムーア人の城跡が見えるから、ここで2ケ所の観光を済ませた気分。ともあれ、シントラはもう一度行きたくなるようなメルヘンチックな町でした。海抜400米から500米の土地。夏は涼しくていい所だと思います。

 再び循環バスで駅へ戻り、CPに乗ってリスボン・ロッシオ駅まで約2時間。無理なく日帰りできるいい観光コースでした。

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