9. 再びポルトへ ポルトガルという国名はこのポルトから来ているのだそうです。日本の赤玉ポートワインはポルトワインの借名ですね、きっと。本場のポルトワインはさすがに豊潤な味でした。

Hotel Parisに戻り主人にブラガ行きの失敗を話したら、「行くとき聞いて呉れれば教えたのに」と。まぁ終わっちゃったことは仕方がない。これも旅の一興。

 ところで、まだこの町の盛り場に行っていない。雨ではあるけれど出かけることにする。盛り場サンタカタリーナ通りはサンベント駅の上にある。上というのは二階ということではなく北の方角なのだが、同時にこの町は何しろ全体が傾斜地なので、地形的に言うとより高い所にあるという意味。石畳の上を傘をさしてトコトコ歩く。今回の旅行ではかなり脚が鍛えられた。どこへ行っても名所は教会で、教会には塔が付きもの。また町は真っ平らな所が少ない。傾斜地ばかり。喘ぎ喘ぎ歩き登っているうちに、終りの頃はかなり楽に歩けるようになったよ。

Hotel Parisの前の通り (肉や)上のぶら下がっているのは何の 肉か分かりますか?
坂ばかりです 日本語が。こんなブランドある?

まだ夕方なのに閉まっている店が多い。日曜日だからか。盛り場という感じがしない。通りから少し引っ込んでショッピングセンターがあった。中に入ったら広かった。地下一階、地上三階。人も一杯だった。当節どこの国でもこういう大型店に食われて個人商店はパッとしないみたいだね。三階のパスタの店で食事する。ちょっと離れた席に家族連れが。若い娘が両親らしい大人にカメラの説明をしている。チラッと液晶画面が見えた。デジカメだ。この国でも流行り始めたのだろうか。やはり新しいものをすぐ取り入れるのは若者ですね。

大きな化粧品店があって、家内が乳液を買うと言う。一緒に入るのは嫌だから外で待つ。なかなか出て来ない。そこで、ファサードでクレジットカードのセールスをしていた女の子と雑談。CitiBankカードだから小生の物と同じ。まず、小生のカードを見せる。裏を見て「中国人か?」と言う。いや、日本人だ。「これは中国字ではないのか?」。日本も漢字を使う。「よくわからん」という顔をしている。日本が地球上のどの辺にあるのかも知らないのかもしれない。そこでこちらから質問。「日曜日なのに働くのか?」。意外なことに、「私はプロフェッサーなんだ」と言う。どう見ても20歳台なのに教授? 慌てて「Teacherだ」と言い直す。「じゃ何でこんな事してるの?」。「仕事が無い」。「大学卒か?」。「しかり。専門は数学」。「じゃエリートじゃないか」。「でも国が教師をインポートしたからポストが無い」と言う。

「インポート? どこから?」。「モザンビーク、アンゴラ、マカオ」。みんな旧植民地だね。そうか。植民地を手放したとき、引き揚げてきた連中を優先的に雇ったんだな。それで若者が職にありつけないんだ。日本でも少子化で教師が余る。しかし組合が強いから辞めさせられない。勢い教育系大学卒が教師の口にありつけないと聞いている。塀や家の壁や所構わぬスプレーの悪戯書きがチラと頭を掠めた。ここの若者も希望が持てないんだな、きっと。

「じゃ、ブラジルへでも行ったら?」。「いや、私はポルトガルが好き。離れたくない」。ニッコリ笑ってそう言った。

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