10.03.05 カシュガル
カシュガル市街図
 カシュガル市街図。一見して水が多い土地と分かります。天山南路と西域南路の交差点として栄えた町。
 街の印象。昨夜到着したとき、「随分近代的だな」と感じました。まず花火型の街路灯。水量豊富な池(湖?)。広い街路。新しいビル群。夜中なのに明るいんです。ここから西へ100キロ走るとキルギス共和国。辺境の地ながら新疆で二番目に大きい市。オアシスの面影など微塵もない。

 夜も遅いので宿をあれこれと当たる余裕はない。タクシーを拾ってガイドブックにあるチワニク賓館に直行します。このタクシー、「チワニクまで10元だ」言う。こちら新疆では初乗り5元と承知している。「じゃ降りるから停めろ」と言った。渋々走り出した。ホテルの門前まで来て「ここだ」と顎をしゃくる。睨み付けてやった。また渋々走り門を入って玄関前へ。門から玄関まで結構距離があります。それでもメーターは5元でした。

 若いウイグル人の運転手。長距離バスから降りた客は遠くまで行く可能性が高い。当てが外れてガッカリしたのでしょう。気持ちは分かるけれど、結果ウイグル人やカシュガルの印象が悪くなる。しかし、そこまでは考えないのでしょうね。
 
 時間が時間だからフロントは一人しかいない。値段を聞くと80元から600元まであると。ここは老舗。3棟ある。80元の部屋は古い建物の3階で電梯(エレベーター)なし。小生は階段や坂の登りが嫌い。中間の140元にする。こちらは電梯あり。ちゃんとした部屋でしたが、またここもシャワーの湯が出ない。一旦は諦めた。寝しなにフト思いついて、ノブを右に回してみた。湯が出ました。ホータンでも右に回せばよかったのかな? ともあれ、これが中国の現実です。

 3月5日 
 ホテルの朝食はバイキング。特に新疆らしい食物はありません。観光に出掛けます。
香妃墓
(左) まず香妃墓。市の東北。タクシーで12元。ここの王の娘で清の康熙帝に嫁いだ。望郷の念止み難く35歳で亡くなった。その遺体を3年がかりで持ち帰ってここに葬ったのだそう。墓と言ってもイスラム寺院の中。内部は撮影禁止でした。
香妃路
 (右) 寺院の前の通り。新疆ではこういう並木が多い。新緑の季節に来ればきっと美しいでしょう。

 次はバザール。ガイドブックにはバザールまで歩いて15分とあるのでトコトコと歩く。道路は往復6車線と立派なもの。ここでもパトカーが頻繁に通ります。
スローガン
(左)途中の建物の壁。「維護」の意味は「維持」ということ。政権がどれだけ少数民族の離反を怖れているかがヒシヒシと伝わってきます。
(右)ハミ瓜売り。縦に細長く薄く切って1元。まぁまぁの味でした。この奥がバザールの通りです。
瓜や
 バザールは大きい。けれども昔の建物はぶっ壊して新築したんですね。間口均等で整然としている。おまけに商品別ブロックになっている。便利と言えば便利でしょうが、しかし全く風情が無い。ガイドブックには「人が多いからスリに注意」とある。でも閉まっている店が多く人通りも少ない。スリにお目に掛かりたくてもこれじゃ無理だ。ここはよっぽど不景気なんだろうか。

 道端にリヤカーの屋台。西瓜とハミ瓜がうまそう。一丁食べてみようか。傍にいた女性に「これ呉れ」と指差したら首を振る。店番じゃないらしい。売り手は一体何処へ行ったんだろう?

 一回りして面白そうな物もないので外に出た。ところがそこの路上で大勢の男達が礼拝をしている。その数およそ500人くらい。ははぁ、お祈りの時間だったのか。それで店が閉まっていたんだ。信心深いのはいいけれど、これじゃ「ゼニ金money」の中国人にゃ対抗できんな。
モスク

 写真を撮りたかった。でも信仰を冒涜するような気がして止めました。一つ興味深かったのは、お祈りしている男たちの後ろで女たちが黙然と眺めていること。女性は礼拝を禁じられているのだろうか。
(左)バザール横のモスク。礼拝が終わって続々と人が出てくる。やはり女性はいない。男ばっかり。路上で礼拝していたのは多分、人数が多過ぎてここに入り切らないからでしょう。

 バザール近くのトマン河畔。水量豊富。崑ろん山脈と天山南脈から流れ出る河がここで合流している。交通の要衝と水。古来ここが栄えてきた要因です。
キャラバンの像
(左)キャラバンの像。最近中国ではこういう銅像を建てるのが流行している。上海ではしばしばそれが盗まれます。
(右)イスラムの世界でもこういう事があるんですねぇ。対岸は旧市街。
トマン河

 次はカシュガル地区博物館。ガイドブックの地図に載ってはいるのだけれど、そして近いみたいなんだけれど、道がどうもよく分からん。無理しないでタクシーに乗る。新疆のタクシーは大変安い。運ちゃんにガイドブックの地図を見せたらすぐ分かった。珍しい。そこから走ってすぐでした。「あんた頭いいね」と誉めたら照れていた。こちらの漢語が通じたからおそらく漢族でしょう。

 博物館は2月28日限りで閉館になっていた。一足違い。応対の若者に理由を聞いたら「知らない。ボクはここの職員ではない」と言う。英語がうまい。ウイグル人です。ウイグル人でも若者にはこういう開けた人間もいるんですね。目の前を武警隊の軍用トラックが通る。隊員を満載し横腹には上の写真と同じ標語の幕を巻いている。ウイグル人にしてみれば不愉快なのではないか。相手の若者に「アンタどう思う?」と聞いてみたかった。でも危険人物と怪しまれても困る。相手も返事に困るかもしれないので、それは止めておきました。
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